さらわれ少女の消えた理由 2『あくまで想像』

「奴らがサファに、何らかの危害を加えに来ると?」

「詳しくは分かっていないことも多いが、可能性はある、とお前の弟が言っていてな」


 アシェルはエリュシオンに目を向けた。彼はテーブルに置いてあった菓子を摘んでいるところだった。


「このお菓子、全部甘くないじゃん」

「おいっ、エリュシオン!」


 アレクシスがその頭を小突く。


「もうっ、分かってるよ!」


 「乱暴なんだから」と頭を押さえたエリュシオンは、本来、兄が座るべき机の椅子に腰掛けて、両手で頬杖をついた。


「あくまでこれは想像だよ?」


 と、薄気味悪い笑みを浮かべる。



「例えば、貴族でもなく、親もいない子供で、たぐいまれなる魔力の持ち主がいたら、何に使うだろう、って思ったんだ」


「何に……?」


 急に不快感が込みあげる。


「例えばだから。アイツらの立場になって考えてみてよ」


 そう言われ、エミュリエールは置かれた茶の揺らぎを見つめた。奴らは位を重んじる人種である。答えは簡単だ。


「そうだな……私だったら、サファを使ってより高い権力を手に入れるだろう」


 ほとんど考えずに、そんな言葉が思いついた。


「うん、いい線。だけどもう一声。じゃあ、その権力を得るためにはどうしたらいい?」

「そんなのは決まって……っ!!」


 国の地位は、使役している召喚獣で順位づけされている。上げたいなら、より強い相手と契約すればいい。


「まさか! 上位精霊との契約?!」

「その通りだよ。兄上」


 エリュシオンがにっこりと頷く。嬉しそうなのに、その目は全く笑っていない。


 なんて事だ。確かに召喚獣との契約は、自分が力を示すか、魔力の高い人間を生贄にして結ぶ方法とがある。もし、サファが生贄になれば、間違いなく上位精霊との契約は可能、だろう。


 ……命をなんだと。


 身体中の血液に、虫唾むしずが走るような、ゾワゾワした感覚が襲う。胃の中が煮え、吐き気すらし始めたエミュリエールは口を塞いだ。


眩暈めまいがする」

「気持ち悪りぃ話だな」


 アレクシスが鼻を鳴らす。


「国を乗っとる、とか大それた話とは思いたくないけど、そんな事をすれば」

「あぁ、間違いなく力関係は崩れるな」


 アシェルが手を組んで息を吐き出した。


「あくまで想像だけどね」


 だが、妙に説得力はあった。

 アイヴァンはサファに暴力を働いた事で、降格させられている。この話を聞いた時、最初はただの意趣いしゅ返しなのかと思ったが、どうやらそれだけで済まされなさそうだ。


 奴は、サファがトラヴギマギアを使ったことを知り、暴走を起こした時もその場にいた。彼女が膨大な魔力の持ち主である事を、両領主に流したとしても、なんら不思議はない。


 ましてや孤児など……奴らにしたら人とも認識していないはず。私欲のために利用するのは、好都合であり自然、と考えても言い過ぎではないだろう。


「これに関しては、僕らも責任があるからね」


 アシェルが頷いた。


「確証はないが、警戒して損はないだろう。適合者という事もあるが……俺たちはあの討伐の時、今後、おびやかす者がいれば力にもなる、とサファと約束をしている」


「そんな事まで約束させていたのですか? あの子は」


 それには驚いた。恐らくサファは先のことを考えた訳じゃなかろうが。彼らが力になるなら、それは騎士団が力になるも同義語。

 いつの間にこんな後ろ盾を。


「……はは」


 呆れたのか、感心したのか、口から乾いた笑いが出ていた。


「その話はサファにもした方が良いでしょうか?」

「本当なら、国で保護をしたい、と言いたいところだが、それはお前の判断に任せる」


 一瞬飛び跳ねた心臓が、安堵で撫でられる。


 サファは討伐のあと、孤児院での勤めも、補佐役のことも、見違えるように前向きに取り組んでいる。それは、きっと残り少ないここでの生活に対し、彼女も考えていることがあるからだろう。


 エミュリエールはテーブルに置かれたサファの髪を手に取り、眉をよせ目を閉じた。


 思えば、祈念式ではシスティーナの襲撃に巻きこまれ、洗礼式には参加すらさせなかった。だから、せめて……せめて、奉納式だけは最後までさせてやりたい。



 ここでまた事件が起きれば、間違いなく国に保護されてしまう。だが、せっかく子供らしさを取り戻してきているというのに。そんな水を差すような事など。

 エミュリエールは躊躇ためらわずにはいられなかった。


「話すことはいつでもできる。必要だと思った時にしてやればいい。こっちは、襲撃のことを考え、当日の警護の人数を増やすことにした。許可をもらえるか?」


「アシェル殿下……ありがとうございます。助かります」


 エミュリエールが承諾すると、アシェルは少し気が抜けたように柔らかい表情になる。


「話は終わりだな」

「あ、待って」


 エリュシオンが何かを思い出したように、話に飛び込んできた。


「なんだ、まだあるのか?」

「うんまぁ。彼女を一度、邸に連れてきて欲しいって言われてるんだよね。執事に」

「アルフォンスにか。悪いが、奉納式が終わったらと伝えてくれ」

「そうだぞ、今は危ないんだぞ!」

「アレクシス、うるさいよ! 邸の方が安全だもん」


 エリュシオンが頬を膨らませる。兄の前をいい事に、ずいぶんと甘えているように見える。


「安全かもしれないが、今は、奉納式に集中させてやりたいからな」

「そうだそうだー!」


 ここぞとばかりに掛け声が飛んできた。


「うるさいな、アレクシス! じゃあ、奉納式が終わったら必ずだよ」


「…………」


 奉納式まで、あと数日。どうやら気を引き締める事になりそうだ。


「兄上、聞いてるの?! 約束だよ!」


 そんな3人のやり取りにアシェルが微笑む。彼の見た先で映ったのは。サファの髪にうつつを抜かし、気のない返事をした、エミュリエールの姿だった。

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