さらわれ少女の消えた理由 1『訪問の理由』

 オレンジ色の小さな花が強い香りをふりく時期は、雨がよく降る。髪のもこもこが一段と強くなり、朝の準備に手を焼いていると、あっという間に葉っぱが紅く色づき始める季節になっていた。


 色を塗っていくみたいに木の全体が染まった頃、カラカラと乾いた音を立てて葉が落ちていく。


 喜んでいるのか、はやし立てているのか。

 誰かさんの笑っている姿を思い出し、プッと吹き出した。


 それらを箒でひとつにまとめると、艶やかな赤、茶、黄色の宝石のよう。


 このまま置いて置きたいな。


 空を見あげた。


 何も入ってなかったわたしの宝箱には、すでにいくつもの大事なものが入っている。だけど、まだ一杯じゃない。


『生きていることは辛く

 知らないということは………』


 悶々もんもんとしていた時に作った唄。知らない事はたくさんあり、知ることで自分はどんな行動するのだろう。


 今は分からない。けど、後悔はしたくないと思う。


「おーい。エミュリエール様が探してたぞー」


 遠くで呼んでる仲間に手をふり返して、足を前に出した。あとは、大人がどうにかしてくれるだろう。もう一度ふり返り足を止めると、綺麗な枯れ葉たちを眺めて微笑み、サファは建物の中に入っていった。



 

【さらわれ少女の消えた理由 1『訪問の理由』】


「失礼します」


 執務室の扉を開けて顔を覗かせる。


「あぁ、来たかサファ」

「お呼びだと聞いて」

「大した用事じゃないが、いちおう伝えておこうと思ってな」


 サファは首を傾げた。


「今日これからアシェル殿下たちがいらっしゃる」

「え……」


 まさか、養子になる予定が早まったのでは、と不安そうにエミュリエールを見つめた。


「そんな、思っているような事じゃないだろう。ただ少し話があるらしい」

「わたしにでしょうか?」

「いや、私にらしい。面倒ごとでないといいが」


 面倒ごと、なんて言ったら、それこそわたしのことじゃないですか。


「はぁ、」


 返事に困って味のない声が口から出た。


「分かっていると思うが、」

「話しかけないように、ですね?」

「まぁ、逆の場合は、返事をして差し上げなさい」

「宜しいのですか?」

「致し方ないだろう」


 エミュリエールは腕を組んだ。


「分かりました」

「よろしい。話はそれだけだ。奉納式の準備を頼むぞ」

「はい。失礼します」


 頭を下げてサファが部屋を出ていく。


「目立つなぁと思ってたけど。あの髪にも慣れましたね」


 その後ろ姿を眺めていたハーミットが、口に手をあてて不思議そうに言った。


「もとから、あの色じゃなかったか?」


 二人が顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 レイモンドに至っては、どうも髪が灰色だった頃の記憶が抹消されているらしい。だが、いちいち修正するのも面倒なのでそのままにしておくことにした。



 夏の討伐が終わった後すぐ、わたしの髪は白金色に戻された。ただ、それだと孤児院の子供たちが驚くだろう、とエミュリエール様が”サファはしばらく病気で療養していた”という説明をしていた。そのため、髪が真っ白くなってしまったと。


 ……安直すぎる。


 だけど、みんな信じてしまったらしい。同情してなのか、髪の事については誰からも聞かれる事はなかった。


 もうすぐ冬を迎える、秋真っ盛りのこの時期はよく晴れる。今日はあれをしてしまおう。

 サファは倉庫から箱を持ってきて、中から布を取り出すと、干し竿にかかる梯子はしごを登った。


 祭事で着る服の日干しである。


 あれから変わったことといえば、エナとライル以外の孤児とも話すようになった。エミュリエール様が言うには、よく笑うようにもなったらしい。

 人との関わりが増れば、もちろん行動の範囲も広がる。ずっと掃除ばかりしていたわたしも、最近は縫い物などの手仕事をするようになった。

 最初はうまく出来なかったけど。


 うん、悪くない。


 そう思って竿に服をかけていると、おおきな影に覆われ、それと共に強く風が吹く。


「わっ!」


 冬が混ざる秋の匂いが駆けめぐり、そのせいで大きくバランスを崩した。


 落ち、る。


 目をつぶったのに、なかなか下には落ちてくれない。恐る恐る目を開けると、宙に浮いていた体が、静かに地面に降ろされる。振り向いた先に、見たことのある3匹の召喚獣が飛んでいた。


 あ、アシェル殿下たちだ。

 

 落ちなかったのは、エリュシオン様のお陰のようだ。彼はひらひらと手を振り、軽く目配せをしていた。

 相変わらず麗しいご様子。

 アシェル殿下は中にいたエミュリエール様と話し、こっちを指さしている。エミュリエールと目が合うと、行きなさい、と指をクイっと合図された。


 サファはペコリ、と頭を下げて倒れた梯子を直し、大聖堂の中に入っていった。



「元気そうだな。あれは何をしていたんだ?」

「奉納式の準備です。外へのお使いは行かせられませんから、今回は外出のない、品物などの管理をさせています」


 確かに。あの髪じゃ、街中を歩くのは目立つ。しかし、あの時切られてなかったら、さぞ、見事な髪だっただろうに。

 アシェルは残念に思えてならなかった。


「なるほど」

「それで、直接いらしてまでしたい話とは何でしょうか?」

「あぁ、そうだったな」


 アシェルの顔が急に真剣になると、エミュリエールは少し緊張を覚える。悪い予感がした。


「最近、南方に不信な動きが見られる」


 南というと、大きな領はアイワートとラオンネスバーグか。


 エミュリエールはそれが、自分になんの関わりがあるのだろうか、と顎を撫でた。


 その隣のサウステアを治めているのは……たしか。


「まさか!!」


 エミュリエールがテーブルを叩いた。


「さすがに察しがいいな。そうだ。メルヴィル卿。奴に注意しておいた方がいい」


 そう言ってアシェルが差し出したのは、その息子、アイヴァンに切られてしまった、もこもこしたサファの髪の毛だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る