暴れ牛と夜明けの唄 27『出された条件』
「おーい、終わったか?」
「あ、はい。今行きます」
エーヴリルの声がする。服の袖を通したところで、サファは手のひらを眺めていた。
エリュシオン様も間際になって、「これ着てね」なんて持ってくるんだから。もう、ご貴族さまを待たせるなんて心臓に悪い。1人は貴族よりもっと偉い王族だし。
ため息をついて背中のリボンを結び、最後に眼鏡をかけた。
魔力の型が合っているからといって、急激に他人の魔力を取り込むということは、体の負担になるらしい。
あれから3日間、高熱が続いたけど、それも、5日ともなると、前と調子は変わらない。
とつぜん襲う眠気以外、にはだけど。エーヴリル様曰く、それは、魔力を回復するための、生理現象なので、問題はないとのことだった。
外にはもう集まっているらしく、ザワザワと声がする。サファは急いで扉から出た。
予定通りなら今日、大聖堂に帰ることになっている。その前に話があると言うから、こうして集まることになったのだ。
部屋を見渡すと、エミュリエール様、エリュシオン様、アレクシス様の3人に、フィリズ様。そして、ここの所有者であるエーヴリル様が、慣れたように机に寄りかかっていた。
「おはようございます。えぇと」
おかしなことに、ハーミット様までいる。調子でも悪いのか、硬い表情をしてお腹をさすっている。大丈夫なのかな。
サファは首傾げた。
「そんな、顔してどうした。早く座れよ」
そして、忘れてはいけない。命の恩人であるアシェル殿下が、
薬室は決して広い場所じゃない。ひしめき合うように診察室で並んでいる彼らは、異様と言うより、どちらかと言うと、怖い。立っている人もいるのに、いちばん身分の低い自分が、座るなんて、
どうしよう。
・・・・・・で、結局。
頭上に、わたしの頭を撫でて、満面の笑みをつくるフィリズ様。よほどもふもふした生き物が好きなのか、髪に頬ずりまでしている。
これには、膝に乗せようと、わたしを手招きしたエミュリエール様も苦笑いしている。相手が男の人だったら、たぶん黙って見ていないだろうけど、下心なさそうな彼女相手では、何も言えないみたいだ。
「じゃあ、落ち着いたところで始めるか」
「はーい。じゃ、話すね」
アシェルが口切ると、エリュシオンがゆるーく話し始めた。
「まず、サファちゃんを返さない、って思ってるかも知れないけど。僕らは、彼女に協力してもらうにあたって、まず最初に必ず大聖堂に帰すって約束してる」
「そうなのか?」
エミュリエール様がこっちを向いたので、わたしは頷いた。
「そ、だからね。そこは守らせてもらうよ」
え? いいの?
あんな色々して。あげく、国の王子様の魔力まで頂いている。だから、わたしはもう帰れないのは仕方ないと、覚悟していた。
「だけどね。ここからが大事だよ。ま、条件というやつだね」
エミュリエールの顔が少し険しくなった。怒るか、と周りに不穏な空気が混じる。
「約束してると言えど、今回は僕らも完全に黙ってはおけないんだよ。君の魔力は多すぎて、危険だという事を思い知ったからね」
本来ならすぐに国で保護すべきところだ、と彼は言った。確かにそう言われてもしょうがない。
「それで、条件は?」
腕を組んだエミュリエールに、エリュシオンが指を立てた。
「ひとつ目。貴族の養子になるまで、の期限つきということ」
「「なんだって?!」」
皆んなが驚いている中に、アレクシス様が入っているのはなんでなんだろ。
「そんな、孤児を養子にしたい貴族はいないだろう」
エミュリエールがため息混じりに言った。
そうですよ、ね。
サファもうんうんと、控えめに顔を動かす。
「だよね。具体的に言うと、僕の養子になってもらうってこと」
「「ええー!!」」
って、わたしも言ったけど、それがいまいちどれくらい凄いことなのかピンとこなかった。
後に聞いた話では、エリュシオン様は、バウスフィールド家の爵位を持っているだいぶ位の高い人物なのだそう。
「上流貴族の養子……ウソだろ」
ハーミットが呟いた。
エミュリエール様が頭をかかえている。まさか弟が養子にすると言い出すとは、思ってもいなかったのだろう。
「それで、籍を移すのは?」
「来年の修学院の入学に合わせてだね」
「サファを修学院に入れるのか」
「そりゃぁ、魔力持ってる子供なんだから、そうでしょ?」
「まあ、」
「私も賛成だな。サファは
それまでずっと黙っていたエーヴリルも、口を割って入る。
大体、エリュシオンに子供の面倒が見れるはずが……いや、ウチには使用人がいるから、そこは問題はない。それに。これは、
そう思ったエミュリエールは反対するつもりはなかった。
「異論は……ないみたいだね。それと、ふたつ目の条件」
エリュシオンは2本目の指を立てた。
「まだあるのか?」
「これは、すぐやってもらう事ね。サファちゃん、その髪、普通じゃないよね?」
ギクリ。
戸惑って目を泳がせた後、小さく頷く。
「今の髪の色を、帰ったらすぐ変えてもらう」
髪の色々を、変える?
「あの……金髪にすればいいのでしょうか?」
サファは首を傾げた。
ズゴ────!
「違う!!」
みんながズッコケる中、エミュリエールが、すぐにツッコミを入れた。
「あはは、言い方が悪かったね。それにしても、どうして金髪?」
だって、義理でも娘ということになるんだし。
「エリュシオン様が金髪なので」
「なるほど。金髪でもいいけど、」
「よくない。その髪をものと色に戻して欲しい。エミュリエール。こいつはお前が思っているよりずっと人と話すことが好きだし、唄うのも好きだぞ? 隠したままにするんじゃなく、ちゃんと存在させてやれ。そういうことだ」
髪、かぁ。
そう言ったアシェル殿下をじっと見る。
目立つのは好きじゃない、けど。彼がわたしの事をそんな風に思っているのは、ちょっと意外だった。なんだか嬉しい。
サファは頷いて、きゅっと微笑んだ。
「それに関しては、この子が了承するのであれば私は何も言う事はありません」
エミュリエールの答えに、アシェルは頷いた。
「話しておく事はそれくらいか?」
「そうだね」
アシェルにエリュシオンが頷く。
「ちょっと待て。サファに危害を加えた人物には、それなりの
「あぁ、アイヴァン=メルヴィル、彼ね」
「なに?! メルヴィル家の令息だと? 全く、親子揃って……」
最後のほうはブツっと何か言っている。
「もしかして、親の方にも何かされたの?」
「私がいてそんな訳がないだろう。ここに連れてきた時にたまたま会っただけだ。だが、ジロジロ見られただけでも気に食わん」
確かに……と周りもうなずいた。
あの、薬室に行った帰りに会ったいやらしい目つきの貴族。だから、殺されそうになっていた時、どこかで見たような気がしてたんだ。
サファは、フィリズの膝の上で、ぼんやりそんな事を思っていた。
「彼には降格という処罰を取らせてもらった。だが、アイヴァンにしろ、他の誰か、にせよ、今後こういう事や、
「そうですね……補佐役のお仕事も最後まで出来ていませんし」
サファがコクッと首を振る。
「サファ、それはどうとでも……」
「嫌ですよ。せっかくやろうと思っているのに。後悔しないように、って言ったのは、エミュリエール様ではないですか」
エミュリエールが額を手で覆った。
ここにきて、補佐役がうんぬんなど、肝が座っているのか、天然なのか。サファの斜めな返事に、みんなが苦笑する。
「兄上も大変だ」
沈黙の中、カラカラと笑うエリュシオンの声が響く。それは、周りに伝染していくかのように、部屋の空気を明るくしたのだった。
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