暴れ牛と夜明けの唄 25『適合者』
「そういう事か!」
エーヴリルは急いで施錠されている引き出しを開け、そこにあった診療録を引っ張り出し、ぱらぱらとそれらを
「なんだ? どうしたんだ」
「お前は昔から、勘がいい」
「は?」
何気なく言っただろう言葉が、ヒントになる事がある。しかも、なにを褒められているのかも、本人は気づかない。こういうとこはサファと似ているかもな。
これほど少なければ探すのは簡単だ。エーヴリルが目的のものを見つけると、ニヤリと口の端をあげた。
「これだ」
「これは……」
鍵をかけて保管してある診療録なんて、普通の貴族だったらありえない。すれば、おのずと答えは出てくる。
「王族のか?」
「ああ、間違いない。サファの適合者だ」
「なんだって?!」
ずいっと身を乗り出して、エミュリエールがその名前を見ると、驚いて息を呑んだ。
「アシェル殿下?!」
まさか、そんな身近に適合者が見つかるなんて。
「……ははは」
まったく運がいいとしか。エミュリエールは直ぐに、部屋の外で待機している彼に話をしに行こうとして、背中を向けた。
そこを、エーヴリルがとっ捕まえる。
「ちょっと待て! いいのか?」
「何、言ってる。いいに決まっているだろう!」
「だが、」
サファが王族と適合者なんて知られれば、それこそ取りあげられる可能性は高くなるだろう? エーヴリルはそれを聞いていた。
「今回、勝手に連れて行ったのはエリュシオンだ。そしてその上司はアシェル殿下だろう?」
「ちょっ、お前なにを言おうとしているんだ!」
エミュリエールは、サファの方を向いた。彼のこんな顔なんて、こういう時でなければ見れなさそうだ。
「そんなの」
勝ち誇ったように、ニヤッと嘲笑っている。
「脅……責任を取って貰えばいい」
え、脅?
サファは、ぎょっとして目を開けた。確かめるようにエーヴリルを見ると、あぁ、言ったな、とでも言いたげに苦笑いしていおり、聞き違いじゃなかったらしい。
「それは、あり、だとは思うが、肝心のサファはどうだ? ちゃんと、説明した方がいいんじゃないか?」
それもそうか、とエミュリエールは、ベッドまで来て、サファの体をポンポンと軽く叩く。
「サファ」
ゴホッ! ゴホッ!
その時に、ちょうどタイミング悪く、吐血の周期がくる。だいぶ体力を消耗しているからか、血液が少なくなっているからか。その後、急激な目眩に襲われて目の前が暗くなっていった。
白目を向いていくサファに、2人は冷や汗を浮べる。
「まずい、意識を失いかけてる!」
「サファ! 起きなさい。まだ寝てはダメだ」
もう、エミュリエール様まで、そんなこと言って……そろそろ限界ですよ。
「う……ぅ……ん」
それでも、サファは顔を
「サファ、もう少しで助かる! 頼むから寝ないでくれ!」
エミュリエールがペシペシと、彼女の頬を叩く。
「もう、あまり時間はない。私が留めておくから、早く呼んで来い!」
「ああ」
かなり焦っているらしく、エミュリエールはガタガタと椅子の足に
「えっ、俺が?!」
「え? アシェルが?!」
みんな驚いて黙っている。だけど、そんな事はどうでもいい。無理やりにでも引っ張っていきたいくらいだ。こっちは一刻の猶予もないのだから。
エミュリエールは、嫌とは言わせない、と思っていた。
「俺が、サファの適合者……?」
よく考えてみると、白虎が懐いていたし、暴走の時も圧の影響は強くなかった。なるほど、思い返せば納得がいく。アシェルは、エーヴリルに無理やり引き止められているサファを眺め、
「孤児にそんなことできるわけがないだろう!」
アレクシスは賛成しかねるらしい。べつに、彼が意地悪というわけではない。
それは、貴族はともかく、王族が孤児であるサファに、魔力を与える事は、普通ならあってはならないことだからだ。
だが、今回は違う。
サファを助けられると言うなら、恐れるものか。
エミュリエールはフンッと鼻を鳴らして腕を組み、冷たい眼差しで3人を見下した。
「その孤児の助けを借りて、討伐は成功したのだろう? しかも、私の了承もなく勝手に連れていって!」
「……そうだが」
そう言われたら、根が誠実なアレクシスも言い返せない。
「なら、それ相応の責任を取るべきだろう!!」
畳みかけろ! エミュリエールは口調を更に強くした。
間違ったことは言っていない自信はある。だが、当の
「うーん……」
歯切れの悪い返事。彼も悩んでいるのだろう。
「アシェル……僕からもお願い」
「エリュシオン!」
これは、断られるかもしれないな、と思った時に、助け舟を出したのは、意外なことに、それまでずっと黙っていた、エリュシオンだった。それには、アレクシスも心底信じられない、と言った
「…………」
「アシェル! ああっもう!」
アレクシスが頭を掻きむった。
意思を固めるように息を吐くと、アシェルはベッドまで行きサファの頭を撫でる。真っ白な顔をした彼女の目はほとんど閉じかけており、後悔の念が、猛烈に彼を襲い、強く手を握った。
「確かに、エミュリエールの言うことは正論だ。だが、王族としてはその判断をする事は、許される事じゃない」
そんな……
今ならまだ、間に合うというのに。希望を捨てなければいけないのか。
その思いはエミュリエールを俯かせた。
「だけどな」
それは、孤児という境遇や、水涸れで苦しんでいる同情からではない。
「これからの彼女をもっと見たい」
と思う。
「え……?」
エミュリエールが顔を上げた。
「なんでだろうな。どうしても俺の心は、生きてほしい、と願うんだ」
それはきっと、王子としてではなく。戦場を共にした友として。
アシェルは討伐の時の、勇敢なサファの姿を思い出していた。
「だから、ここにいるお前らが、言わないことを約束してくれるなら、俺も、魔力を分けることを
『身の安全は、一応保証してくれるのですよね?』
そう言って振り返ったときの柔らかい笑顔。安心する太陽の匂いが忘れられない。
もっと見たい……
彼女からもらった気持ちを、感謝を、自分も返したい、とアシェルは心から、そう、思った。
周りを見るとエミュリエールは言うまでもない。エリュシオンは頷き、アレクシスも渋い顔ではあるが、仕方ないな、という
「ありがとうございます!」
よかった。
エミュリエールは感極まって、顔を赤くする。泣いてしまいそうだ。絶命だと思って諦めかけた時に起こった奇跡。彼は、感謝せずにはいられなかった。
そうと決まれば、あとは行動あるのみ。
「時間がない、早くやるぞ!」
「それはいいが、俺はやり方知らないぞ?」
「難しいことじゃない」
大丈夫なのか?
アシェルが首を傾げていると、エーヴリルに手を掴まれ、掌にさっさと魔法陣が描かれた。同じようなものが、サファの手にも。
へぇ、はじめてみるけど、意外と簡単なんだな。
手をグーパーしながらアシェルがそれを眺めた。
『水渡し』
本来ならこう言う使われ方をしないこの方法には条件がある。それは即ち、体の衰弱がないこと。魔力が
因みに、エーヴリルも研修生の時に一回だけしか見たことがない珍しいものだ。
その時は、エミュリエールが魔力をもらう側。相手はもちろん、エリュシオン。
未知の体験に、不安はあった。だけど、どんな感じなのか、ソワソワして。アシェルは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます