暴れ牛と夜明けの唄 18『メタファーの危険性』

「なんだ知ってたのか?」

「僕が、エーヴリルに話してたときかな」


 エリュシオンを見あげ、コクっと頷いた。


「じゃあ、話は早いな。そうだ、”変身″する魔術を使い、別人の姿で唄ってもらおうと思っている」


 そういう魔術がある事は、本で書いてあった事なら知っている。


 使うとすれば、エリュシオン様になるのかな?


 彼にを見ると、顎に手をあてて少しだけ首をかしいで、何かを考えているようだった。


「そういえば、他の人に姿にするのはいいけど、誰に変えるの?」

「…………」

「あのさ、アシェル。目星つけてなかったわけ?」


 エリュシオンは腰に手をあててため息をついた。


「いや、直ぐ見つかりそうだと思ったから」

「じゃ、誰にする?」

「…………」

「ちょっと! すぐに見つからないじゃん」


 とても、色々考えているから、綿密な計画が練られているのかと思ったけど、そうじゃなかったらしい。


「フィリズでいいんじゃないか?」


 ずっと黙っていたアレクシスが、2人の会話に割って入る。


「フィリズ、フィリズ……あぁ。そうだ、フィリズがいいな」


 アシェルも助け舟が来たとばかりに、ニシシと、人差し指をたてていた。


「もうっ、大事なところで詰めが甘いよ! でもまぁ、それでいっか」


「癒しだけだが、音術も使えるしな。それに、あいつ、細かい事あまり気にしないから、詮索せずに引き受けてくれるだろ」


 アレクシスがドシっ、と椅子に腰を下ろし腕を組んで豪快に笑っている。


「そうだね。それと、どういう設定にするの? 地面? それとも空中?」


「それは……サファに」

「はい?」


「今回被害が大きかった。なるべく密集しても、恐らく、わたり40〜50メートル程の範囲になる。それを踏まえて、お前の希望はあるか?」


 サファが口に手をあて、首を、反対側にコテンと倒した。


「あまりイメージが湧きませんね」

「えっと、礼拝堂の広さに、高さがある感じじゃないかな?」

「あぁ」


 と、手のひらで、拳をトンっと打ち鳴らした。


「それなら、空の上の方がいいですね」

「なんで?」

「姿を変えているとはいえ、恥ずかしいので」



 ・・・・・・・・?


 な、なんで、無言なんですか……

 大勢の前で披露するなんて恥ずかしいの、当たり前ですよ。


「あぁ、そう言えば、すごい人見知りだとかなんとか。兄上が言ってたな」

「……嘘だろ?」


 どうも、この3人には、わたしが人見知りだとは思ってないらしい。確かに、ここに来てからよく話していると自分でも思う。


 今まで平気だったけど、意識しだすと、やっぱり恥ずかしい。サファは胸で手を重ねて俯き少し頬を赤くした。


「実際、補佐役になる前は、ほとんど話さなかったらしいからね」

「へぇ」


 アレクシス様が、ニヤニヤして腕を組んでいる。


「……そんなに見ないでください」


 だって、こんな状況で、人見知りだ、って言えるわけがないじゃないですか。


 それに、人と話すのは、祈念式の時に多少慣れたんだと思う。最初、本当は怖かったけど、アシェル殿下も、他の2人も思ってたより、話しやすくて……エリュシオン様は冷たくて気持ちいいし。


 なんて言ったらいいのか、まとまらない。顔が熱くなって、わたしはくるりと振り向き、白虎の背中に顔を埋めた。


「あーらら、そっぽ向かれちゃった」

「エリュシオン、いいから、話すすめろよ。時間ないんだからな」

「そうだった。メタファー使うとなると、問題は魔力の消耗が多くなるってことかな?」


 顎に手を置いたまま、エリュシオンが上を見あげる。


「え……そうなのか?」

「当たり前でしょ? 自分の声と体じゃないんだから」


 そうなんだ……大丈夫かな。


「祈念式の時、エーヴリル様は『半分も減ってない』と言ってました」

「へぇ……」


 エリュシオンは、乾燥でささくれた唇の皮をかじって、口をもにょもにょと動かしている。考えるときの癖なのだろうか? それがなんだか、子供らしさを感じさせた。


「あの時で半分も減ってないなら、平気かもしれないけど、その時とは違って、さっき一度音術使ってるからね。『水涸れ』を起こす可能性はある、かな」


「『水涸れ』か……」


 アレクシスが呟く。


「やめだ!! 『水涸れ』なんて、シャレにならないだろう!」

「ちょっと! アシェル、最後まで聞いてよ」


 エリュシオン様は、立ちあがったアシェル殿下をなだめると、わたしから、空になったコップを引き下げた。


 『水涸れ』かぁ……


 わたしには、どういう風なるのか、聞いたことでしか分からないけど、アシェル殿下の反応を見る限り、やっぱり危険なものなんだと思った。


 血を吐いて、苦しんで、死ぬ。

 命に執着があるわけじゃないけど、それは、さすがに……イヤ、だな。


 だけど、そもそも、『魂送り』のために連れて来られたのに、その前に、勝手にわたしがトラヴギマギアを使ってしまったからだ。責任を感じてしまう。

 

「……わたしは、やりたいですよ?」


 出来たら、そうしたい。


「何言ってるんだお前。水涸れなんて死ぬかもしれないんだぞ?!」

「それは……分かってます」


「いいや分かってない! それに、エミュリエールには、さっき必ず帰すと手紙だって書いてるんだ! 絶対に許可できない!!」


 そこまでされているとは知らなかった。それじゃあ、水涸れなんて起こしたら、エミュリエール様がどうなるか? という心配や、殿下たちの責任だってある……


 いろんな人の責任が関わってくるなら、決めるなんて出来ない。そのため知識もなければ、権力だってない。わたしは俯いて、黙った。


「うーん……」


 エリュシオンが、トントンしていた指を止める。


「選択肢はふたつ、かな」

「方法があるのですか?!」


 サファは勢いよく立ちあがって、エリュシオンの近くまで寄ると、彼はにっこり嬉しそうに笑った。


「君って、意外と突進型だね」

「勿体ぶらないで、さっさと言えよ!」


 他の2人も、内容は興味があるようだ。


「みんなせっかちさんなんだから。ええっと……」


 彼は人差し指を立てた。


「ひとつ目は”やらない”だけど、それはやなんでしょ?」

「嫌というわけではなくて、申し訳なくて」


 もうひとつは何だろう?


「ふたつ目はね。変身メタファーを使わない」

「コイツの姿を晒すなんて、そんなの、契約違反みたいなもんじゃないか!」


 バンッとテーブルを叩いて、アシェルが立ち上がる。


「はぁっ、ちょっと最後まで聞いてよね」


 エリュシオンは呆れて息を吐いた。

 

「サファちゃんは、魔術を使うのに、とても器用みたいだからね」

「どういういことだ?」


 確かに、いまいちイメージが沸いてこない。


「うんとね」


 頭がキレるというのはこういう事をいうんだろう。

 エリュシオン様が、わたしのトラヴギマギアを見たのは一回だけ。それなのに、人に知られないように、水涸れにならないように、『魂送り』をするために考えられた彼の方法は、わたしも、アシェル殿下たちも納得させたのだった。


 

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