暴れ牛と夜明けの唄 19 『夜明けの唄 前』

「ガウッ」


 目の前にいる白虎がすり寄り、わたしの体に太い尾を巻き付けて、何かを訴えている。


 なんだろう? 早く……乗れ?


 サファは首を傾げていた。


「あの、アシェル殿下?」

「お前、気に入られてるからって、勝手に乗ったりするなよ?」

「はぁ……」


 そう言われても。うわっ!

 

 彼はうしろを向き、通信器に話しかけている。わたしの曖昧な返事で、何かを察して振り返り、少しだけ目を丸くした後、腰に手をあて苦笑いを浮かべた。


「……遅かったか」

「ガウッ!」


 サファは白虎により、既にその背中に乗せられていた。


 わたしたちは、今、ちょうど『魂送り』に行く直前。魂送りの会場に行ったエリュシオン様達とは、別行動となっている。


 もふもふした肌触りは幸せなんだけど、主人よりも先に乗っているってどうなんだろ?


 眉を寄せて、顔に戸惑いを浮かべていると、さほど気にした様子もなく、アシェル殿下が後ろに乗り込み、打ち合わせ通り、わたしの体を布で包んでいく。


 現地につくまでは、姿を見られてはいけないため、わたしは、エリュシオン様の作った試作品の魔道具として、運ばれる事になっていた。


「さて、行くか」


 地面を蹴る振動が体に伝わり、ゆっくり、飛び上がったのを感じる。何も見えない。だけど、布の中で感じる鼓動が、少しだけ早い。


 彼も緊張しているのだろうか?


 その音を聞いていると、緊張してきた。だけど、不思議と嫌な気分ではない。


 何ができるだろうという、ワクワクした気持ちが芽を出し、吹き出すのを堪えるように、口を押さえていた。




「ついたぞ」


 うぁ、高……


 ふるふると頭を振ると、髪が柔らかく舞い上がる。空はまだ暗く、涼しくなった夏の匂いのする風を、顔で受け、あたりを見回す。


 地上から100メートル以上になるだろうか。下に見える人が、豆ツブみたいに小さい。ここが、今回、魂送りをする場所。

 

「フィリズ、大丈夫か?」


 アシェル殿下の向いた先には、躑躅つつじ色の髪をひとつに束ねている若くて元気そうな女の人が、グリフォンに乗り、顔を青くしていた。


「……私は大丈夫なのでしょうか?」


 彼女はフィリズ=ベルディ。わたしの隠れみのになってくれる人だ。


「大丈夫もなにも……お前はここにいればいいだけだぞ?」


「あの。ぎゅっ、としたら、下に魔法陣を出すので、二番になる前に降ろしてください。そしたら後は、立っているだけでいいです」


「それ、全然わからないけど、お前は、これで本当によかったのか?」


 見下ろしたアシェルを、サファがきょとんと見上げ、フワッと笑った。




「……そうか」




 多くの言葉は必要ない。

 その表情が、今まで自分がしてきた事への、感謝のようだと思った。アシェルはじーんと、胸が温かくなり、同じようにふんわり微笑んだ。


「これでも、さっき使ったのよりは大変じゃないはずなのですけど」

「そうなのか?」

「ただ、さじ加減がうまくないので、それが心配です」

「それ……平気なのか?」

「大丈夫です」


 多分。

 きっと上手くいく。理由もないけど、なぜか、そんな予感がしていた。


 トラヴギマギアには色々な使い方があって、さっきの戦闘で使ったのは『投影』と言われている。ただ、その使い分けは難しいものだと、エリュシオン様は言っていた。


 でも、使えた。なぜかは、この際どうでもいい。どうせ、忘れてて分からない。


 『投影』が使えるなら、会場となる場所から、遥か上空で儀式をする事もできると、彼は考えたらしい。試した事はないけど、それを言ったら、今までだって同じだもの。


 だから、きっと大丈夫。


 サファは、視線を落として、手のひらを眺めていた。


「サファ?」

「はい」


 前に呼ばれた時よりも、はっきり、親しみを感じる。わたしは安心して、彼の瞳の中に、自分を映した。


「思い切りだ。思う存分でいいぞ」


 アシェル殿下は、なにかが吹っ切れた様な堂々とした顔をしていた。まさか、そんなことを言われるとは思ってなかった。


よろしいのですか?」

「あぁ」


 唄うことは隠される事。今この状況でもそれは変わらないだろう。広範囲のトラヴギマギアは、術者の気持ちでもその効果は大きく左右される。

 「思い切り」というのは、今一番欲しくて、とても嬉しい言葉だった。

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