暴れ牛と夜明けの唄 17『エリュシオンの起こし方』

 外では騎士が忙しく動いているのか、ざわつきが聞こえる。だけど、その中にシスティーナが来る気配はない。


「親父に見つかって、捕まったんじゃないか?」

「そうだろうね。あそこの邸、今、結界を厳重にしてるだろうし」


 エリュシオンが閉じていた目を開けると、立ち上がって、サファの前で腰に手をあてた。


「しっかし、こんなにうるさいのに、よく寝るねぇ」

「子供は一度寝たら起きないもんだろ」

「で、どうするの?」


 2人は、アシェルの方を向いた。


 答えに困る。システィーナが来ないということは、サファに魂送りをしてもらうしかないのに、彼女には唄わせたくない、という気持ちが決断を邪魔していた。

 既に、外の準備は整っている。


「アシェル王子殿下! 儀式はいかが致しますでしょうか?」

「ほら、また来たよ」


 外から騎士がお伺いを立てにきた。これで3度目だ。あれから一刻。そろそろ待たせておくのは限界……かもしれない。


「やってもらうしか……ないだろうな」


 ため息混じりに、言葉を絞り出す。


「時間は? ほら。決めてあげて、街の人が困ってるんだから」


 仕方ない……エリュシオンの言う通りだ。


 アシェルは、苦い薬を飲んだような表情を浮かべた。


「半刻後の2の刻半、『魂送り』を決行する! 各隊に伝えてくれ」

「了解致しました!!」


 遠ざかっていく足音。指示だすのは簡単なものだ。


「少し、コイツを借りるぞ」


 白虎のすぐ近くまで行くと、サファの肩に手をかけ、身体を軽く揺する。


「おい、起きろ」

「…………」


 瞼すら、ピクリ、とも動かない。


 マジかよ……


「おい! 起きろ!!」


 眠りはかなり深いらしい。そのかわりに、白虎がアシェルを鋭く睨んでいた。


「おーい!!」

「ガルルル」


 なんで、お前は、俺に唸ってるんだよ!


 アシェルは白虎を睨み返した。


「待って、僕がやるよ」

「あん? お前がやるのか?」


 アレクシスは椅子にふんぞって欠伸をしていた。


 今日は、特別バージョンだよ。

 エリュシオンは得意げな笑みを浮かべると、白虎が唸り声をあげるのもお構いなしに、近くまで行って、大きく息を吸い込んだ。




『サファ、起きろ!! さもないと、アクティナに隕石を落とすぞ!!』




 ガタタッ!!


 アレクシスが椅子から転げ落ち、鈍い音をあげる。アシェルは驚きで目を丸くし、白虎が口を開けて威嚇いかくした。


 そして……





「はぅぅっ! すみません! エミュリエール様!」


 ほぼ、条件反射のように、サファが飛び起きた。彼女は目を見開いたまま、あたりを見回す。


「おはよう、サファちゃん」

「…………」


 にっこりとしたエリュシオンを見て、彼女は口が空いたままになっている。


「……心臓が飛び出るかと思ったぞ」


 アレクシスが、地面から起きあがって、腰を摩っていた。


 エリュシオン。そういう、悪質なイタズラやめろよ……シャレにならないだろ。


「大丈夫か?」


 アシェルが、未だに、動きを止めているサファに向かい、声をかける。


「すみません。もしかして、寝坊しましたか……?」


 2人がため息混じりで首を振る中、エリュシオンだけは、カラカラと涙目で笑う。


 サファを起こすのに、考えがある、と言ったその方法は、エミュリエールの声で起こす、というものだった。だが、それは、驚くほどよく似ており、彼を怒らせた恐怖をほんの少しだけ皆に植えつけたのだった。




          ※


 エリュシオン様が後ろを向いて、肩を震わせている。


 びっくりした。ちょうど、夢の中で、うたた寝をしていたところだったから、本当にエミュリエール様が怒っているのかと思った。


「あはは、あははは。どう? よく似てたでしょ?」


 もう……エミュリエール様を怒らせたら、アクティナが滅ぶ、なんて言うから。


 いたって陽気な彼に、もやもやと不満が込み上げてきて、サファは、うつむいて手を強く握った。


「エリュシオン、いい加減にしろ」

「あの。すみません」


「気にしなくていい。半刻1時間後、『魂送り』をする事になった。本当は、システィーナが来る予定だったんだが……来なくてな」


 彼は、わたしが眠った後、手紙が来たことを教えてくれた。


「まさか! システィーナ様の身に、何か起きたのですか?」


 身を乗り出して、アシェル殿下の服をつかむ。


「心配はいらない。ただ、親に知られて、邸で足止めを食らっているだけだと思うからな」


 それなら、よかった。


 サファは胸を押さえ、息を吐いた。


 システィーナ様は、皆んなが知っているこの国の唄姫。とても綺麗で、本当に尊敬できる人だ。だから、そんな彼女に嫉妬する存在だっている。それを記念式の時に体験した。安全なことが分かり、安心した。


 パチッと篝火かがりびが弾けた。


 ぼんやりとしたオレンジ色の灯り。外のざわつきの中に聴こえる、微かな虫の羽音。外は夏特有の蒸した空気のはずなのに、なにかの魔術が使われているのか、テントの中は快適に保たれている。


 フワリと何かが腕に触れる。その柔らかさに、ゾクリとして、白虎の尻尾だと分かると、思わず抱きしめた。


「不安なのか?」

「大丈夫です。すぐにでもやります」


 街は、あの有様だ。きっと、怪我をしている人も、死んだ人も……多いだろう。

 ふるふると首を振った。


「はーい、ちょっと待ってね。こっちも色々準備が必要だから」


 目の前に、グラスが差し出された。恐々と口をつけると、ポルトカリ(みかん)の酸味がぼやっとした頭をすっきりとさせる。


 おいしい。ゴクゴク……


「もう一度聞くが、お前は、本当に『魂送り』が使えるんだな?」

「……祈念式で使った唄の事ですよね」


 アシェルがエリュシオンと目を合わせ頷く。


「そうだよ。君はどうしてあの時、『魂送り』ができたの?」

「あれの前に、エミュリエール様が唄っているのをみたので……」


 別に嘘はついていないのに、エリュシオン様は、何か見透かすように、目を細めていた。


「そう、兄上に……でも、サファちゃん、兄上はね……」


「エリュシオン、気になるのは分かるが、今は儀式の計画が先だぞ」


 アシェル殿下に遮られ、エリュシオンはわたしを見つめていた顔に、にっこりと笑みを作った。


 腕に抱えた尾が、ピクピクと動いている。ふわふわで温かい。わたしはそれを持つ手に力を込める。


「安心しろ。俺たちは、『エミュリエールの所に帰す』という、お前との約束を破るつもりはない。だから、その為に手筈を整える必要がある」


 そういえば、エリュシオン様が言っていたような?


「姿を変える、ということですか?」


 わたしは、アシェル殿下を見あげて、コテッと、首を傾けた。

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