暴れ牛と夜明けの唄 16『手紙の内容』

 パチッパチッ、とまきぜる音。先に帰って来ていたアシェルが、戻ってきた3人をテントに迎え入れた。


「あー疲れたぁ!」

「エリュシオン、静かにな」


 俺は、白虎に目を向けた。


「あぁぁ……起こす必要ないと思ってたのに、また寝ちゃったのぉ?」


 本当に疲れているのだろう。エリュシオンは、椅子に座り、テーブルに突っ伏した。


「……なんだこれ」

「これは、これは」


 セドオアが、白虎に抱えられて、気持ちよさそうに眠っているサファを眺め、顔をほころばせた。


「コイツ、俺らが近づくだけで、うなるのに。なぁ?」

「珍しいね、白虎に気に入られるなんて」


 顔だけ向けたエリュシオンが目を細める。

 アレクシスが少し離れた場所に屈むと、セドオアもそこに加わり、白虎が様子をうかがうように、少しだけ目を開けていた。


「何かしたの?」


「俺が聞きたいくらいだ。それより、エリュシオン。コイツの魔力、今どれくらいか分かるか?」


「パッと見て、あんまり減ってないようだけど……詳しく調べた方がいいなら、その子から離してよ。『解析』使えないから」


 あれを使って、そんなに減ってないのか……

 驚きもしたが、それを聞いて、俺は顔の力を抜いた。


「いや、それならいい。アレクシス、女性の寝顔はじろじろ見るもんじゃないらしいぞ」


「いや、ちっせぇな、と思って。まだ魔術なんて習ってもいない歳だろ?」


「一体、この子は何者なのでしょうな?」


 おい、そこのおっさん達……白虎がすごい目で見てるぞ? 噛みつかれても知らないからな。


 半目で並んでいる2人を見る。


「この子が何者かなんて、兄上も知らないんだから、分かるわけないじゃん」


 エリュシオンが、呆れたように頬杖をつき、ロゼスクと呼ばれる、固形食を口に放り込んだ。


 コトン。


「さんきゅ」


 果実水の瓶を出してやると、彼は、くびくびと喉を潤す。


「ふぅっ。全く、兄上も、ずっと会わせてくれないんだもん」

「まあ、隠しておきたかったんだろうな」


 そう思うのは、無理もない。だが、エミュリエールが隠したところで、彼女の、存在感は強すぎて、このままでは覆いきれないだろう。


 俺は、トラヴギマギアを使う前の、サファの豹変ぶりを思い出していた。


 しかも、エミュリエールはずいぶん大事にしていると感じる。彼女を権力で取り上げることは、簡単かもしれないが、そこをどうにか、納得した形にできないものか?


 ぼんやりとした目で、おっさん達の向こうに見えるサファを眺めた。


「なんでもいいが、ホントに『魂送たましいおくり』させるのか?」


 アレクシスが立ちあがって、振り返った。


「それなんだが……さっき、システィーナから、こっちに向かうって手紙が来た」


「え? なにそれ。保護中で知らせすらいってないはずじゃ?」


「コイツに魂送りをさせられないって、書いてあったから、誰かが知らせたんだろう」


「誰かって……それ」


 サファがここに連れて来られていることは、限られた人しか知らない。簡単に予想はついた。


「エミュリエールだな。あいつなら、システィーナに手紙を送ったとしても、まず、不審がられない」


 アレクシスの言葉に、苦笑いを浮かべた。


「お前、とんでもないの連れてきたな」


「さすがに、あれ相手だと、ナシじゃダメだと思ったからね。だけど、少し手がかかったんだよ? なんせ、この子のいた部屋、結界が二重に張られてたからさ」


 エリュシオンは組んだ足を揺らして、髪先をくるくるとひねり遊んでいる。その様子見たアレクシスが、その頭を小突いた。


「やめてよ」

「魔術の干渉は、ルール違反だろ?」

「別に、ハッキリそう決めてる訳じゃないもん」

「もん、てお前……」


 適合者である2人は、固定に設置されたものだけに限り、お互いの魔術に干渉することができる。そのため、2人には、暗黙の了解で、勝手に互いの魔術に干渉しないという約束があるらしい。


「破ったのは、あっちが先だし……しかも2回もだよ? 協力するって言ってたのに、なんにも教えてくれないし。兄上にすごい大事にされてさぁ」


 エリュシオンは指をふたつ立てて、口を尖らせる。疲れのせいもあるのか、久しぶりに、ブラコンぶりを発揮していた。


「ガキか!」

「うるさいな、いいじゃん」


 自分の魔術が干渉されれば、すぐ気づく。1つ目の結界を通り抜けた時点で、気づいたエミュリエールは、駆けつけてきただろう。


「そんなんで、よく連れて来れたな」


 アレクシスがため息をついた。


 穏やかな人間ほど、怒らすと、手に負えなかったりする。エミュリエールはそういうタイプだ。


「それがさ、サファちゃん全く抵抗しなかったんだよね。それ見て兄上は止まっちゃって。そのまま連れて来ちゃった」


 エリュシオンが舌を出した。


「いやはや、適合者というのは厄介ですな」


 セドオアが、軽く笑い声をあげ髭をいじっていた。


「とにかく、こんな孤児がいると知られれば、国が大騒ぎになる。分かってるな? エリュシオン」


「分かってるよ。約束してたしね、帰すって。それに、僕たちも、サファちゃんを保護するにしたって時間、欲しいし、それまでは、兄上のところに預けておくべきだと思ってる」


「それならいい。システィーナが来るのを待つぞ。セドオア、儀式の準備を始めてくれ」


「了解しました」


 セドオアが頭を下げテントから出ていく。3人は、ひとまず休憩も兼ねて、準備が整うのを待つ事にした。

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