とぎれた唄 10『魔力の再循環』

「突然すまない」

「いや、そろそろ、呼ぼうと思っていた所だった」


 北棟3階にある、召喚獣用の入り口から、エーヴリルが入ってきた。重そうな鞄を持ち、彼女を部屋に連れていく。

 もう、悪寒おかん戦慄せんりつはおさまり、サファの顔は赤くなっていた。


「……! 魔力が乱れてるじゃないか!」


 彼女は、一目見て、そう言った。


「こんなの『解析』使うまでもない。何があった? 洗礼式には出なかったんだろう?」

「実は……」


 エミュリエールが洗礼式の当日の出来事と、それで、今、罰を受けている事を説明すると、エーヴリルは呆れていた。


「馬鹿だったのか?」

「すごい頑固なんだ」


 エーヴリルにため息をかれ、エミュリエールは頭を掻いた。


「お前も何とかして止めろ。魔力の流れがほとんど逆になってるじゃないか! 大体、前兆ぜんちょうもなかったのか?」


「前兆は……」


 痛ましい姿だけで、こうなるまでは微塵みじんも。


「なかった……はずだ」


「なんだその、ハッキリしない返事は! こんな所に閉じ込めて。ましてや、動くなと言われたって、動き回るような歳の子供だぞ? 精神が疲弊ひへいして当たり前じゃないか!」


「そうなんだが……」


 しどろもどろに言う。エミュリエールは、その通りだと思っていた。


 だが、エーヴリルは根拠のない事にはうるさい方だ。漠然とした不安など……うまく伝えられそうもなかった。


「全く……」


 エミュリエールが、ベッドに腰掛けて、心配そうにサファの頭を撫でている。


「まあいい。風邪をひいたんだろう。とにかく、魔力の乱れがひどいな」


 エーヴリルはサファを見下ろし、顎を撫でた。


「仕方ない……リターンするか」

「再循環だって?! そんな道具持ってきたのか?」


「まあ、出来る限りものは持ってきている。ったく……こんな夜中じゃなければ、もう少し準備できたものを。ウチにある薬じゃ、体が小さすぎてこの子に使えやしない」


 ぶつぶついいながら、エーヴリルは荷物をき回していた。


 再循環とは、魔力の流れが乱れて起きる、体調不良を治すための医療行為。


 まず、患者の魔力を、魔道具に移し、術者を通して、乱れを起こしている因子を取り除きながら、体に魔力を戻していく方法である。


「助かるよ。エーヴリル」

「それはいい、ちょっと広げるの手伝え」

「あ、あぁ」


 エーヴリルは白い布を持っており、床に広げようとしていた

「適合者だと簡単なんだがな」


 テーブルを端に寄せ、空いた場所に、魔法陣の描かれた大きな布が敷かれる。


「おい、ちょっとその子を持ち上げろ」

「熱があるんだ、あまり動かすのは……」

「分かってるから。おろおろするな、見っともない。体の下に敷くだけだ」


 おろおろしてる? 私が?


 エミュリエールが不思議そうな表情かおをして、サファを持ちあげた。エーヴリルがベッドに布を雑に敷く。それでも、余るくらい、布は大きかった。


「一応、『水合わせ』くらいしておくか」


 魔力には型があり、まれに同じ人間がいる。それを適合者てきごうしゃと私たちは言っている。確率的に血縁者に多い。

 『水合わせ』とは、適合者かどうかを調べるための試験のことだ。


「血縁者以外だと、珍しいんだろう?」


 腕を組み、エーヴリルが偉そうに敷かれた布を眺めていた。


「そうだ。そういや、お前ら兄弟は適合者だったな」


 エーヴリルは、サファのてのひらに魔法陣を描き、自分の手と合わせていた。彼女が少しだけ顔をしかめて、手を離す。

 どうやら、合わなかったらしい。


「お前も、やっておくか?」

「いや……やめておく」

「なんだ、やらないのか?」


 拒否反応を抑えるための薬をあおり、エーヴリルが怪訝けげんそうに見た。


「何度か、この子が魔術を使った時に、私は近くにいたからな」


「前に言ってた、合う合わないの違いがなんとなくわかるってやつか。どういう感じなんだ?」


「その、うまく言葉に言い表せないんだが……」

「だが?」


 あれは、何というのだろう。


 エミュリエールは、天井を仰いだ。


「……ふわっと掛け物がかかるような、温かい感じだな」


「人の感覚は、目に見えないから、分析が難しいものだな。なぜそんな感覚なのかは、同じ型だという理由しかない……そろそろ始めるか」


 エーヴリルが、ぶつぶつ呪文を唱え、サファから少しずつ魔力を呼び始める。すると、最初は黒かった魔法陣は、染み込んでいくかのように白く燃えていった。


 魔力を移し終えると、今度は自身を経由して、サファの体に戻していく。


 他人の魔力は、長く体にとどめる事はできない。そのため、すぐに悪因子あくいんしを選別して戻し始める。


 術者の負担にもなるこの技術は、優れた魔術医師でなくては出来ないものだ。


 いつ見ても感心する。


 エミュリエールは、エリュシオンが、彼女の魔術を使う様子を見るのが好きだ、と言っていた事を思い出していた。


 半刻ほど経ち、エーヴリルが、額の汗を袖でぬぐって、眼鏡をなおす。


「この魔力お化けめ」


 彼女は、サファの、赤くなっている頬を軽くつねった。


「ありがとう。エーヴリル」

「3分の1は変えられただろう……まったく、ギリギリすぎだ」


 エーヴリルが敷いていた布を折り畳み始める。布に残った不要な魔力は、あとで、魔石にするのだろう。


 魔石は研究や、何か薬を作るのに使われるらしい。そこの詳しいとこは、エミュリエールにも分からなかった。


「この歳でこの量なら、歳を重ねるたびにもっと多くなるんだぞ?」

「分かってる」


「分かってない! 悪意のある人間にわたる前に、国もしくは、アシェル殿下に預けろ! お前も理解しないわけじゃないだろう」


 振り向いたエーヴリルは、腰に手をあてて、叱りつけるように言った。


「分かってる……だが……」


 エミュリエールは俯いた。


 自分が逃げた世界に、サファをゆだねる決心は、どうしてもつかなかった。


「今でなくてもいい。よく考えろ。だが間違った相手にだけは引き渡すな! いいな!」


 エーヴリルが念を押した。彼女が鞄を持つのを見て、エミュリエールが扉を開ける。


「こっちもエクシューロス病の発症者が出て、魔獣もいつ出るか分からない状況だ。しばらくは忙しいかもしれない」


 エーヴリルが、白いふわふわとしたフェンリルにまたがった。エミュリエールは口の端を持ち上げて、うなずいた。


「分かった。何かあれば連絡する」


 本当に、ありがたい。


 振り返りもせず、颯爽さっそうと帰っていく彼女の後ろ姿を眺め、エミュリエールは、友という存在に感謝し、扉を閉めた。




 引き離される時が来る、という思ったのはいつだっただろうか?

 サファに秘密を打ち明けられた時か?


 いいや、ちがうな……祈念式が始まる前までは、まだ、漠然とした悪い予感だった。


 まずいと思ったのは、サファが祈念式でトラヴギマギアを使った時。

 恐らくそのときだろう。


 安らかな表情かおをして眠っているサファの横に寝転ぶ。握った手は、まだ、燃えるように熱い。


 どうしたらいいだろうか?


 もし、自分だけなら、ここで普通の子のように過ごさせてやりたい。だが、大聖堂を任されている立場なら、答えは……


 エミュリエールは目を閉じる。

 今は、決める事ができなかった。



           ※



 数日後。ピアノの音と、唄う声が聞こえる。その声は以前よりも、鮮やかさを増していた。


 結局、熱が出たことにより、ピアノ禁止令は解除される事になった。


「もう、大丈夫なのか? 食事は?」

「エミュリエール様は、心配性です。熱もないし、ご飯も食べてます」

「あんなにせてたら心配もするだろう」


 エミュリエールが腰に手をあてて言った。

 ピアノの椅子に座り、サファは気まずそうに、足をぶらぶらさせる。


 たぶん、ここには置いておけない、と言われるんじゃないかと、覚悟していた。


「防音も、強化も、万全にしてある。存分に弾きなさい」


 エミュリエールは、久しぶりに出て来た、今時の太陽ように笑っていた。サファが口をあけて、それを見たあと、顔を伏せる。


 うれしい、と思った。


「エミュリエール様」

「なんだ? どうした」


 手をもじもじとさせる。


「ごめんなさい……それと、ありがとうございます」


 上目遣うわめづかいで、頬を赤くした彼女は、そう言った後、ふにゃり、と笑っていた。


 …………


 それが、あまりにも可愛くて。エミュリエールは、飛びつきたくなる衝動を戸口に打ちつける。


「エミュリエール様! 何しているんですか! 頭が!!」


 サファがおろおろして、ルアンナを呼ぶ。彼を見たルアンナは、急いでハーミット達を呼びに行った。


 まだ、その時ではない。


 悩んでいた事は、今の笑顔で吹っ飛んでしまった。


「エミュリエール様! どうしたんですか?! 怖いですから!」


 エミュリエールは、駆けつけたハーミット達によって、引きられていったのは言うまでもない。



⭐︎ とぎれた唄 ー完ー

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