とぎれた唄 9『自分への罰 後』

 2人は黙ったまま、しばらく見合っていた。宝石のような瞳が、今は隠される事なく、エミュリエールに強い視線を向けている。


 …………


 やがて、大きなため息がこぼれる。その主は、エミュリエールだった。


「まったく。君は言い出したら頑固だな。仕方ない……だが、期間だけはしっかり決めさせてもらう。それが私のゆずる条件だ」


「ありがとうございます」

「ありがとうって……罰を受けるんだぞ?」


 エミュリエールは肩をすくめた。


「言われた事を守らなくて、エミュリエール様を困らせてしまったのですから、当たり前です」


 これで、罰はなし、なんて。そんなこと言われたら、それこそ、罪悪感はえないままだろう。


 サファは、ハーミットが罰を受けていた事を思い出していた。


 ここにいる人、みんなそうだけど。特にエミュリエール様は、わたしに対して甘すぎるんじゃないだろうか?


 そう思って彼を見ると、まだ、渋い表情をしていた。


 やっと、胸のつかえがなくなり、サファは表情をやわらげ、カトラリーを動かす。その様子を見て、エミュリエールは続きを話し始めた。


「期間は、一週間くらいって所か?」

「いいえ。今年いっぱいです」


 顔をあげて、少し傾けたあと、サファの口から出た言葉に、エミュリエールは勢いよく立ちあがる。グラスの水が大きく揺れた。


「何、バカな事を言ってるんだ! 今は3の月(6月)だぞ? 年が終わるまで、あとどれくらいあるか分かってるのか?!」


 そんなに驚かなくても……


「分かってます」


 サファは食事の手を止めて、グラスを伝う雫を指ですくった。




 エミュリエールも、サファがピアノを弾いている姿が好きだった。なのにそんなサラッと。


 あと、半年もあるんだぞ……?


 何とか説得しようと手を伸ばすと、嫌がる様に彼女は首を振った。


「いいのです」

「半月じゃだめなのか?」


 エミュリエールは、食事を再開していたサファの手を掴んで止める。見上げた彼女の目には、情けない顔の自分の姿が映っていた。


「いいえ、今年が終わる迄です」

「…………」


 にらむような強い目。サファがどんな子か、最近になって、ようやく知ったことも多い。だが、最初からそうだった。


 彼女は、自分に対して厳しい。

 折れそうもない、ということは、もう既に、エミュリエールは身に染みて分かっていた。


 ひたいに手をあて、静かに息を吐く。


「分かった……但し、私もそれなりの保証がなければ約束できない」


 これだけは。


『体調をくずした場合は、即刻中止とする』


 それが、了承するために出した、エミュリエールの最後で絶対の条件だった。サファは、それを聞き、満足そうにうなずいていた。


 手首に結ばれたリボンをほどくと、強く握った時にできたであろう、青黒いあざがあった。


「すまない。痛いか?」


 そう言いながら、いたわるようにでると、彼女は首を振った。


 どうしてこうなったのか?


 まるで、自分が罰をうけたかの様に、エミュリエールは、胸が痛が締め付けられていた。



         ※


 翌日からサファは、約束をしっかりと守った。ピアノを弾かないから、詩をつづることもしなくなった。


 いつからか、本を読むこともしなくなり、前のように、言葉数ことばかずも極端に減る。食べる量も、少なくなった。


 まだ、半月(30日)も経ってないというのにだ。


 そんなある日、彼女は窓の外をぼんやり眺めていた。笑い声が聞こえる。見ていたのは、遊んでいる子供達だった。

 その様子が、捕まえられた鳥のようで、痛々しい。


 子供とは、本来、騒がしいもの。色々な物を聞いて、見て、体験し、そして成長していく。


 いくら、隠しておかなくてはいけないとしても、これでは、彼女の大事な時間いのちうばっていると言っても、変わりはないだろう。


 彼女は、普通の子ども、だと言ったこの口で、私は何をしている?


「サファ、もうやめよう」


 見ていられなくて。切り出して掴んだ肩が、驚くほど小さく、壊れてしまいそうだった。


「いえ、わたしは、エミュリエール様が色々考えて、ここに置いてくださっていると分かってたのに、約束を守れなかった……悪い子なんです。だから」


 罰は受けないと。


 サファは、ふるふると首を振った。


「なぜそんなに、かたくななんだ?!」


 できるなら、すぐにでもやめさせるべきだ、とエミュリエールは強く思った。


「……後悔しないため、です」


 だが、落ちたその言葉が、まるで、余命よめいを知ってるかのようで、エミュリエールの心にむしいまわる。

 それなのに、サファは穏やかに、外を眺め微笑んでいた。


 聞いてしまったら、消えてしまいそうなはかなさだった。だから、エミュリエールは、それ以上……何もいう事は、出来なかった。




 ただ、その事でサファを1人にしておくには心配になり、なるべく一緒に過ごすようにした。


 もちろん、夜も一緒に寝ている。これなら、いつ、様子がおかしくなってもすぐ分かるだろう。


 それからしばらくは、彼女は変わらない様子で過ごしていた。




 ピアノを禁止してから、ようやく半月(30日)が経とうという頃だった。


 夜中に突然、ベッドが揺れ、地震かと思って飛び起きたエミュリエールは、1番にサファを確認した。


「サファ?」


 代わりに返事をしたのは、歯を、カチカチ、とさせている音だった。


「大丈夫か?」

「さ……むい……」


 急に冷や汗がき出て、彼女の体を揺する。


 寝る前までは、何もおかしな様子はなかったのに。


 地震かと思っていたのは、うずくまって震えていた、サファだった。


 途切れ、途切れの呼吸。紫色の唇を震わせ、胸元で握られた小さな手は、力が入り白くなっていた。


 エミュリエールは、サファを毛布で包み、体をさする。しかし、震えはなかなか止まらなかった。


 どうするべきか?


 抱えた腕から、高くなっている体温が伝わってくる。


「くる……しい」


 浅く震えるような息と、ひどい顔色に、異常だと、警鐘けいしょうが鳴る。

 

 ただの風邪ならそれでいい。


 だが、この症状が魔力に関するものかもしれない、と危惧きぐしたエミュリエールは、エーヴリルに手紙を飛ばしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る