とぎれた唄 1『お城の薬室 エーヴリル』

 エミュリエール様は、あったかくて安心する。


 サファはエミュリエールに抱えられ、ペガサスに乗り、城に向かっていた。


「エーヴリル、連れてきたぞ」

「あぁ、来たか、もうすぐ手が空くから……」


 彼女は、怪我人の治療をしている所だった。


 エミュリエールが、抱えていたサファを降ろすと、ぼんやりした目で、エーヴリルの所にフラフラ歩いて行こうとした。


「……こんにちわ。この度は……」


「反動を起こしてるじゃないか。そんな挨拶はいいから。エミュリエール! その子、奥で横にさせておけ」


 怪我人が、「ぎゃー!」っと悲鳴をあげており、彼女は後ろを向いたまま、仏頂ぶっちょうな声で言った。


「まったく、私にそんな指図するのは、お前くらいなものだ」

「うるさい、早く行ってろ」


 エミュリエールは、ははっ、と笑い声をあげ、サファを小脇に抱えると、奥へ入って行った。



 ここは、4つの季節がある『フェガロフォト国』の王都『アクティナ』


 わたしは、サファ。このアクティナで孤児をしてる。


 あれよ、という間に『補佐役』になって、色々あったけど、最初の祭事である『祈念式』はとりあえず終わらせる事ができた。


 トラヴギマギアを使って、気を失ったわたしは、エミュリエール様の、親友の所に運び込まれた。それが3日前。今日は、その後の診察にきている。


「なんだ、まだ寝てないじゃないか」


 エーヴリルが、部屋に入ってきた。


 この人がさっき言ってた、エミュリエール様の親友のエーヴリル=バックレー様。彼女はこの『アルトプラス城』の騎士団の寄宿舎きしゅくしゃにある薬室で、お医者様をしているのだそう。人を助けるお仕事をしてるなんてすごいなぁ。


 彼女を見ることができたのは、今日が初めて。前の時は、気を失っていたから……


 エーヴリル様は、茶色の髪を顎のラインで切りそろえている。キリッとした眼鏡の奥にある意志の強そうな緑色の目が、今はとても、機嫌が悪そうに見えた。


 話しながら時々、眼鏡を直す癖があるみたい。話の途中で、何度かクイッと眼鏡をあげていた。


 サファは、何回直したか、ぼんやりした頭で数えていた。


「どうだ? まだ怠いか?」


「それよりも、眠くて……だるさは少し」


「あぁ、そうだろうな。初めてだったんだろう? 大きな魔術を使ったのは。急激に減った魔力を、体が急いで補おうとしているんだ。魔力が溜まってくれば、自然と症状は消える」


「反動?」

「おや? 知ってるのか?」


 首をふるふると振った。


「『初回反動』と私たちは言っている。それにしても半分も魔力が減ってないなんてどういう事なんだ?」


 そんなこと言われても……


「エーヴリル。言っただろう? この子には記憶がなくてだな……」


「聞いたし、分かってる。それでも、色といい、魔力といい、お前は不可解なところばかりじゃないか」


 エーヴリル様は眼鏡を直して、まじまじとわたしに顔を近づけた。


 エミュリエール様……


 そろっ、と目を逸らして、彼を見る。


「やめろ、エーヴリル。サファが困っているじゃないか」

「まぁ、いい」


 眠くて仕方ない。それに、2人の、気を許しあっている声が、心地のよかった。ムスッとしているけど、エーヴリル様は怒っているわけじゃないみたい。


 サファは安心して、目をつぶっていた。


「寝たのか?」

「起きてます」

「この髪は、隠しているのか?」


 あ……忘れてた。


 サファが、体を、ピクリ、と揺らして、目を開ける。


「ちょっとまて、髪ってなんだ?」

「ほら、ここ見てみろ、根元と色が違う」


 エミュリエールがサファのつむじを覗き込む。生え際が、白金の色をしていた。


「本当だ……」

「すみません……黙ってたわけじゃなくて」


 ……忘れてて。


 彼は口を押さえて、白い顔をしていた。


「なんで、色を変えているんだ?」


 エーヴリルが、クィッ、と眼鏡を直す。


「その……目立つので。それに、暖かくなると虫が寄ってくるんです。どうしたのですか?」


 2人とも、深刻な表情かおをしていた。


「あのな、サファ。君はその髪が、人と違い虫が寄るから染めている、と言っても、このフェガロフォトでは『イシュタルの使い』と言って、神の使いだとされている珍しいものなんだ」


 エミュリエールは灰色の髪の束をてのひらにのせていた。


「まさか、そんな秘密がまだあったなんて……」


 いや、あの。いきなり言いわれても。それに、秘密はまだあった。だけど、それは……言わない方がいいかもしれない。


 サファは首を振って、2人から目を逸らしていた。


「ちょっと、エミュリエールと話があるから、お前はここで少し寝るといい。その前に、これを口に入れておけ」


 エーヴリルは、手にあめのような物をもっていた。口を開けると、放り込まれる。


「甘くないです……」


「文句を言うな、これでも魔力回復用の薬だ。お前は小さいからな。ここには子供なんてほとんど来ないんだ、それくらいしか用意できなかった」


「お前まさか、ルシオに言ったのか?」


 エミュリエールが彼女の肩を掴む。


「兄なんかに言えるか! 少し頂いてきただけだ。さ、もう寝ろ、何かあれば隣にいる」


 ほとんど無理やり寝かされると、2人は部屋を出ていく。エミュリエールがふり返り、控えめに笑っている。きっと、この飴は、勝手に持ってきた物なんだろう、と思った。


 エーヴリル様には感謝しなくちゃ。


 掛布かけふに潜り、サファが目を閉じる。椅子が引かれる音かして、かすかに聴こえる2人の話し声に、しばらく耳を傾けた。

 すると、やっぱり心地よくて、サファは自然と眠りに落ちていた。

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