祭事の補佐 12『後日』ハーミット

 あれから2日がたち、サファは、眠り続けている。


 祈念式が終わったあと、彼女は城にある薬室へと運ばれた。恐らく、エーヴリル=バックレー医術師、エミュリエール様の幼馴染にせるためだろう。


 俺もびっくりした。

 だって、いきなり『魂送たましいり』だなんて……

 あ、『魂送り』というのは、弔いで使うトラヴギマギアの事なんだけどね。


 見てない俺でさえそう思ったんだから、見ていたエミュリエール様は、多分、もっと驚いたんじゃないかと思う。


 祈念式が終わり、すっかり暖かくなって、アクティナでは、春を告げるケラスィア(さくら)の花が満開だ。不思議と、見ているだけで、つい、微笑んでしまう、そんな花。


 ケラスィアの木の下で、食事をしたり、酒を交わしたり、というのが、この時期の風物詩。街が一段とにぎやかになった。


 エミュリエール様も含め、俺たち3人は、祈念式襲撃事件の事後処理に追われている。


 システィーナ様が襲撃を受けたことや、祈念式で怪我人が出たという事は、俺たち大聖堂の人間も、処罰の対象となってもおかしくなかった。だけど、システィーナ様が、自分に非がある、と言ってくれたから、それはまぬれることができた。


 今日、エミュリエール様は、その時の説明のため、城に行っている。



 大聖堂にいた人物には、エミュリエール様の独断で箝口令かんこうれいかれ、その中でも、礼拝堂にいた人は、『契約魔術』が結ばれる事になった。


 今は、それをもらってきたところだ。


「おーい、ハーミット。昼寝してきていいか?」 


 レイモンドは、分かってるんだかどうなんだか、相変わらず呑気のんきなことを言い、伸びをしていた。


「今日は、エミュリエール様が不在だから、サファを見にいくように言われてただろ!」

「仕方ない、じゃ、その後に寝るとするか」

「やっぱ、寝るのかよ!」


 俺たちは、執務室に荷物を置いて、北棟の階段を昇っていた。



「お前がちょっと前に、おしかりを受けたと時より全然ヤバいな」

「ちょっと! アレと比べるなよ!」


 まぁ、確かにそうではある。


 あそこで、サファに魔術を使っていなければ、彼女が魔術を使えることだって知らないままだっただろうし……


 それに、トラヴギマギアが使えることだって、彼女自身、気づくことだってなかった。


 前からうすうす思ってたけど、俺って、トラブルメーカーだよ……とほほ


 ハーミットは苦笑いを浮かべた。


「しかし、まぁ、よく寝てるよなぁ」


「あの規模のトラヴギマギアじゃ、当たり前だって。でも、『水涸みずがれ』は起こらなかったって、エミュリエール様が言ってたから、魔力が回復した今日あたり、起きるんじゃないかな?」



 3階まで上がり、張られている結界の前に立った。この奥には、エミュリエールの許可を得たものしか入れない。


 彼から預かった腕輪をはめ、結界に触れると『承認』の文字が浮かびあがり、2人は進んでいった。


 そう、サファは、孤児院ではなく、今は大聖堂3階の一室で保護されている。

 

「どこのお偉いさんがいるんだ?」


「確かに。でもさ、これであの子は、普通の孤児じゃないって事が、明らかになったよな。今後、どうしようとしているんだろ? エミュリエール様は」


「……とりあえず、洗礼式には、出さないだろうな。その後の奉納式だって、どうだか」


 部屋に入ると、レイモンドはソファに座り、口を大きく開けて欠伸あくびをする。


 ピアノが置かれた部屋の奥に、天蓋てんがい付きのベッドがあり、そこで彼女は眠っている。


 そっとカーテンを開けて、中を覗く。


「どうだ?」

「うん、まだ寝てる」


 白い肌に、ふわふわした灰色の髪、長い睫毛まつげ。唇はピンク色をしている。規則的に胸は上下しており、安らかな寝息をたていた。


 具合は、悪くなさそうだ。


 ハーミットが振り返ると、レイモンドは、棚の上の砂時計を逆さにして、砂が落ちる様子を眺めていた。


「エミュリエール様は、彼女が孤児院に居られるように動いている」

「まさか……隠蔽いんぺいしようと?」


 レイモンドはうなずいていた。


 言われてみれば、全てそのように、俺たちは動いている。


「そういう事だ」

隠蔽いんぺいなんて、大丈夫なのか?」

「そう、思う」


 なんでなんだろうな。俺も、レイモンドもそう思っているのに、なんの疑問も抱かずに動いている。


 ハーミットはベッドの方を見て、苦笑した。


「ほっとけないんだよなあ……」

「ま。そういう事だな」


 決めるのはエミュリエール様だ。俺達がそれについて行くかどうかは、言われた時に考えればいい。


「行くぞ、レイモンド」

「近々、補佐官存続について、聞かれるかもしれない」

「うん、分かってる」 


 レイモンドは、珍しく不敵ふてきに笑った。


「え? なにそれ、怖いし」

「これから、色々あるぞ?」


 ハーミットは怪訝けげんな表情で、レイモンドを見る。


「勘弁してくれよ」


 少しだけ、わくわくする気持ちはいなめない。だけど、このまま、彼女が平穏な日々を送れたらいいと思う。


 ま、報告は以上にする。


 2人が部屋を出ていく。穏やかな午後。サファが目覚めたのは、その日の夜だった。



⭐︎ 祭事の補佐  ー完ー

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