祭事の補佐 1『いつもと違う一日』

 外がほんのりと薄明るくなる頃、いつもの時間に目を覚ました。


 この世界は、1月が60日であり、6の月間で1年が終わる。


 今は1月のなかばを過ぎた頃で、寒さの厳しい時期。まだ、部屋の中は薄暗かった。


 空気は冷たく、小さい体を、もぞもぞとさせた後、少女は覚悟を決めたように、布団から出る。


 いやな夢、見た……


 憂鬱ゆううつさに眉をひそめ、素早く着替えて、備え付けの小さな鏡をのぞく。


 10歳のわりに、7歳くらいの歳の子と同じくらい、小さい体。伸ばしっぱなしの、もこもこで灰色の髪を後ろでたばね、目にかかる前髪の上から、瓶底のような分厚い眼鏡をかけた。


 あ、もう伸びてきたな……


 鏡の中の自分に顔を寄せ、隠すように、くしゃくしゃ、と生えぎわをむ。

 




 ここは、4つの季節がある『フェガロフォト』

 王都『アクティナ』にある、大聖堂に付属して建てられた孤児院。


 わたしは、サファ。孤児としてここに来てから、もう6年がすぎ、その前の記憶はない。


 他に変わった事といえば、珍しい髪の色をしていて、他の人にはない瞳を持っている。

 それと、体には『契約魔術けいやくまじゅつ』というものでつけられる刻印と呼ばれるあざがあった。



 性格は、割とおっとりしているんじゃないかな。だけど、れ合うことや、目立つ事は好きじゃない。


 とにかく静かな方がいい。


 周りには、それが無愛想に見えるらしく、よく、いたずらや、意地悪をされることもあった。


 だけど、まぁ、それなりに、ここで過ごしている。


 無口?


 そう言われたら、そうかもしれないけど、別に、何も考えてない訳じゃなくて……思ってる事は、人並み、だと思う。




 支度を済ませて部屋から出る。朝ごはんの良い匂いがただよっていて、サファは、ほっこりと表情を緩める。


 トントントン


 目方めかたの少なそうな音をたてて、階段を降り、料理場の当番に軽くあいさつしながらテーブルに向かった。


 暖炉にはまきべられて温かい。窓の外には、もう、陽が顔を出して、草木がしもで白く光って見える。


「サファ、おはよう」


 ここで親しく話すのは主に3人。そのうちの、2人が先に座っていた。


「おはよう。エナ 、ライル」


 決まったように、サファが左端の席に座る。


「おはよう、今日も天気が良さそうね」


 栗色の瞳が細くなった。同じ色の、ふわふわとした髪は、いつも後ろでひとつにたばねている。


「寝坊でもしたの?」


 いつもなら、わたしの方が早く食堂に来ている。エナは不思議そうにわたしを見た。


 彼女の隣では、ライルが緑色のハネた髪を押さえ、とび色の瞳を、眠いのか半分にしていた。


「別に……」


 サファが顔を横に向けた。すると、2人は顔を見合わせ「またか……」と言わんばかりに、肩をすくめる。


 と、いつも、こんなに無愛想じゃないんだけど……


 今日は夢見ゆめみが悪くて、つい、こんな態度を取ってしまった。目をらすと、時計が目に入った。


 1から6の数字のがふられている時計は、長中短の3つの針がついていて、長い針が日づけ、中くらいの針が時間、短い針が月を表している。


 ちなみに今は、3の刻半(7時)になるところ。灰色のワンピースとズボンを着た孤児達が食事のために集まってきていた。


 食事をした後は、各自、決められた務めをすることになっていて、わたしは、ほとんど掃除をしている。それは、1人でも出来るからだった。


 ほうきとバケツを持って、大聖堂に歩いて行く。


 また、いつもの一日が始まった。



 と、思っていたのに……


「サファ、ちょっと話がある」


 孤児院長を兼ねる、司祭のエミュリエールに声をかけられた。


 彼は、よく話すうちの、3人目。

 薄い金髪を緩く三つ編みにしていて、年頃の女性が、放っておかないんじゃないかと思うほど、整った顔をしている。


 エミュリエールは、にっこり笑い、空色の瞳に、サファをとらえ、くるぶしまである白いローブを揺らして歩いてきた。


「……なんでしょう?」


 悪い予感はしていた。

 そろそろ、その時期だし。


「最近、嫌がらせは受けていないか?」


 椅子に座るように促されて、サファは、仕方なく腰を下ろす。


「大丈夫です」

「そうか。そろそろ、祈念式きねんしきがある。補……」

「嫌です」


 言われる事は分かっていた。


 孤児院では、日常的に行われている務めの他に、祭事にたずさわる『補佐役』というものがある。


 毎年、孤児の中から選ばれ、エナも、ライルも、他のみんなもしているのに、わたしだけは、ずっと断っていた。


「嫌なのは分かっているが、もう、10歳になった。そういう訳にはいかない。君だって分かっているだろう?」


『補佐役』というのは、ただ単に、お手伝いが必要だから、ではない。この国は、11 歳で社会に出て働く決まりとなっていて、孤児院も例外じゃないからだ。


「わたし、ここに残ろうと思ってるので」


「ダメだ。必ず、祭事に関わり、視野を広げてやる。それは、ここの決まりだ。それに、君は、一度もしていないだろう? これはさすがに、もう、見過ごせない。命令、だと思って欲しい」


 うう……


 普段、命令を嫌うエミュリエールが、珍しく強い口調で言うものだから、サファは何も言えなかった。


 スカートの布に、重ねておいた指先がひっかかり、自分の気持ちみたいで、とても気になった。


 『補佐役』をやったところで、他にやりたいものが見つかるとは思えない、と言いたいところだけど……

 

「はぁ……」


 サファは代わりに、深くため息をついた。


 これは……いよいよ仕方ない。


 そう、思うと、コクっと小さく頷いた。


「だが、君がここに残りたいと言ってくれた事は嬉しい。この一年『補佐役』を務め、それでも、ここに残りたいと言うなら、私は歓迎する」


 エミュリエールは、サファの頭をでていた。


「やってくれるな?」


「……努めさせて頂きます」

「よろしい」


 そう、言うと、エミュリエールは立ち上がり、大聖堂の奥へと消えていく。


 やだな。


 足音が聞こえなくなる。うつむいていた顔をあげ、重くなった体を立ち上がらせる。置いてあったほうきを手に取り、わたしは身に入らない掃除を続けていた。




「どうしたの? そんなにどんよりして」


 昼食の時間、戻ってきたエナが、暗い顔をしたサファの肩に手を置いた。


「そりゃ、『補佐役』をやれ、命令だ! とでも言われたんだろ?」


 エナの後ろについて来てきたライルが、全然似ていないエミュリエールのマネをして言った。


「…………」

「え? マジ?」

「あらら、ついにやることになったのね」

「……やだ」


 ほんとに。


「仕方ないわよ、わたし、手伝うわ」

「そんな、落ち込むことないって。そんな大変じゃないし、俺も手伝うぜ」


 そんな、優しい言葉に、少しだけ気が楽になる。


 その後は、午後からの務めをして、お風呂に入り、夕飯。小さい子を寝かしつけたら、自分も寝る時間。



 6年間続けていた同じ生活は、この日、初めて違うものになる。わたしは、翌日から『補佐役』としての日々が始まったのだった。

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