親子

第13話 アン

 生まれた時から、私には定められた人生というものがあった。

 幼稚園から大学院まで女子生徒のみが通う一貫校を卒業した後、聖川さんと結婚して、生涯を生きる。

 そう決められていた。

 私には自由がない。

 何故私はそう生きなければならないのかずっと疑問だった。

 疑問だったが、私は両親にそんな言葉を言える筈もなかった。

 ずっと抑制されてきたのだ。

 束縛された何不自由ない生活。

 人によっては、それが天国のように幸せだと感じる人はいるだろう。

 それは決まって、束縛されているという事実を視野に入れていない事項ばかり羨ましがるからだ。

 束縛という言葉を無視するのだ。

 誰も、私の人生を理解してくれない。

 

 聖川の姓をもらってからは、束縛が激しくなった。

 特に夫の人、聖川誠司さんは私に束縛をする。

 誠司さんは私に対する理想が強くてとても嫌だった。

 私は旦那様にも物ひとつ言えないまま、料理の好み、仕草、言葉遣い、性格、体型、情事に至るまで、矯正してきた。

 妊娠したら、私はブルーマタニティになった。

 その時ばかりは、少しだけ優しくしてくれるが、この子を産んだ後また矯正される生活に戻るのが恐ろしくて堪らない。

「今まで辛かったね。この子の世話は私達がするから、今のうちにゆっくり休んでね」

 義母からそう言われた時、謎の解放感を覚えた。

 それはイノリが二才になる頃だった。

 私はその休養を三日間、三大欲求で消費した。

 沢山寝て、沢山好きな食べ物を食べて、沢山自由に過ごした。

 その反動の所為で、反抗心が芽生えた。

 嗚呼、何故私はこの二十九年間誰かにずっと従い続けて生きていたのか。反抗心を爆発出来なかったのか。

 こんなにも気持ち善いのに。

 止まらない。

 止まらないの。

 私はネグレクトを選んだ。

 自由が欲しくて全てを放棄した。

 放棄した物全てが私を必要としていなかったから、何一つ罪悪感が無かった。とても素晴らしい感情に踊って、トゥシューズも履いていないのに飛んで鳥になった。

 着地地点のリスクに私はゾクゾクして、そのまま片足を上げて背中を反って上げた足をくっつけたかったが、誠司さんに邪魔されては出来なかった。どうして今更手を掴んでくれるの。

「アン、何を考えた?」

「放棄を考えました」

「産後からもう二年が過ぎたんだ。もう戻って来い」

「ふふ、お断りします誠司さん」

「さようなら。……知らない方」

 誠司さんは、承認欲求がとても激しい人なのを知っている。

 だから、私がただ『誠司』さんを知らんぷりするだけで、この人は動揺する。

 そしてそこをついて私はもう一度、鳥になる。

 なんて、清々しい空なんでしょう。

 風の心地良さはすぐに私の体重に逆らって皮膚を揺らす。

 ひらひらする衣服を広げれば私は鳥ではなく忍者になる。

 これからあと五つ、変化が出来れば良かったけれど落下時間にも制限がある。

 ニュートンに従って私は深海を冒険する。

 私今度は深海魚になるの。

 きっと、醜い見た目をした美味しい身の魚。

 そうあってほしいだけ。

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