第12話 フユカ

 ミユキが飲み会を開くなんて珍しいから、よっぽどユキちゃんの事で嬉しいことがあったか、自分について何かあったか。色々と想像していたが、本人のいつもよりも暗い雰囲気とそれを隠すような笑顔に悲しい報せを想定した。

 だが彼女は口を閉ざしたまま、集まった人間の愚痴や世間話ばかり聞き役になってお酒を口にしている。

 ただ皆と集まりたかったのかと少し安心した。

「そう言えばさ、ミユキの旦那殺されたんだっけ?」

 その一言を聞くまでは。

「チョット…!」

 死んでしまった夫である大雅がこんな酒の席に出てくるなんて思わなくて、彼女を思って咄嗟に声を掛けたが、ミユキの目は覚醒していた。

「え…?それ、なに?」

 その覚醒を機に彼女は無言の圧力で軽率な発言をした子に問う。

 その子も根負けして口を開いてしまう。

「言いたくないけどさ、ミユキの旦那殺されたんだよね」

「違うよ自殺だよ」

「えぇ?自殺?殺されたんだって聞いたよ?」

 ミユキの夫、大雅の死には不審な点がある。

 その一つとして人によって自殺と聞かされていたり、他殺だと聞かされている。大半が自殺として話が上がっているが、私とその子には他殺として聞いている。

 と言うか、私である。

 ミユキの夫、雪ノ下大雅を殺したのは。

 そして、一部の大雅に興味のなかった人にだけ他殺と伝えて、大雅と関わった事のある人達にはミユキも含めて自殺と伝えた。

 だから、彼女の勘違いとしてその話題を逃れられたのだが、彼女は違った。

 ミユキの瞳は燃えていた。

 氷を溶かす炎のように。

 メラメラと、私の正体を突き止める為に。







「いらっしゃい」

「おじゃましまーす」

 ミユキの家に招かれた時は私死ぬんだって思った。

「今日は何で呼んだの?」

「昨日のこと」

 でも流石に彼女は大雅の他殺疑惑だけに注目しており、私にはまだ辿り着いていなかった。それはそれで安堵した。

「大雅の事?」

「うん。 追及したいの」

「してどうするの?仮に他殺だって証明されたとして、誰か知ってどうするつもりなの?」

 この言葉は本心ではない。私は、してしまった過ちを彼女に知ってほしくて、今までずっと青森県民としてのうのうと生きてきた。

「その人を殺して、私も死ぬ」

「……ミユキ」

 それを言われた時、私の罪悪感は最高潮に達した。

 罪の無い彼女を殺人犯にするわけにはいかない。

「フユカにはその犯人捜しを手伝ってほしいの」

 ミユキには殺人犯にはなってほしくはないが、私を見つけてほしいから、私は協力する事にした。

「ありがとう」

 ミユキに感謝されても、私には別の意味でビクビクしてしまう。

「最初、ミユキは誰から大雅が死んだか聞いたんだっけ?」

「電話で……娘のユキから」

「私の考えなんだけどね。ユキちゃんは、誰かからその自殺情報を聞かされて伝わったんだと思う。そして、その自殺情報を知った人が、大雅の死に関与していると、…思う」

 大ヒントだ。ユキちゃんに自殺と話したのは私。だから、私を早く疑ってほしい。

 ミユキは頷いた。

「そう……なんだ。それじゃあ、それを基に捜してみる」

「うん…あと他には、大雅が死ぬ前に会っていた誰かが、その死に関与していたり………とかさ」

「成程ね……。フユカは冴えているね」

 冴えているのではない。私が当事者だっただけだ。

「ねぇ。その人も殺して自分も死のうなんて…考え直して。ユキちゃんだってとても悲しむし、私だって、嫌よ。今まで一緒に居た幼馴染が死のうとしてるのに止められないなんて」

「…………」

 私のこんな言葉でミユキが止まってくれる筈がない。私は、淡々とミユキが辿り着く答えと私への復讐と死を待つしかない。

「わ、私が言えた義理はなくてもさ、やっぱりこんな事してほしくないよ。ミユキ…」

 建前がつらつらと出てくる。

「私はやるったら、やるの。それに、ユキはもう成人よ?東京の銀行員として頑張っている。私が居なくても辛抱強いあの子ならやっていけるわ」

「ミユキ………」

「それじゃあ、この話は皆には秘密ね」

 当たり前である。互いに秘密にしておかないと。

 その後は何事もなくミユキと世間話をして三十分で帰った。






















「なあ頼む!保証人になってくれよ!」

「嫌だよっ何で私がアンタの借金に肩担がないといけないのよ!」

 七年前の冬。その屑男は私を呼び出すと開口一番に借金の片棒を担げと言ってきた。

「なあ頼むよ!このままじゃあ、俺は大変なんだよ!野垂死じまう」

「勝手に死になさいよ!アンタが不祥事だかなんだかしている時もミユキはアンタの事気に掛けてたのよ!?それだけじゃない。何年も前からミユキはアンタの帰りを待ってたのよ!それなのに…何なのこのザマ」

「俺は騙されただけなんだ!ミユちゃんの事はちゃんと好きなんだ!それは事実だ!」

「嘘八百と言ってきたアンタの言葉に信用なんてないわよ!臓器でも売ってなんとかしなさい!!」

「このアマ!」

 この屑男は私に掴みかかろうとする。

 この屑男のやるであろう行動はある程度読んでいたので、私は捕まれる前に腹を蹴った。

 頭体ばかりデカい男は私のような女の蹴りには耐えるだろうと決めつけていたから、そのまま足場を踏み外して転落した時には、身の毛が弥立ったが、ミユキがこんな屑から解放されたのではと考えたら自分の正当化がすんなりと出来て、緊迫感よりも達成感が心を充たした。

 だから、これは私が七年間も彼女に隠し続けた罰なのだ。




 あの時よりも寒く冷える山麓。そこへ登るミユキを見た。

 あそこは雪道と見間違う崖が存在する。

 あそこから足を踏み外して落ちてしまったら、どうにもならない。

 私は、ミユキには幸せに生きてほしい。

「そんなとこに居たら危ないよ!早く、家に戻ろう」

「………」

「……ミユキ?」

 ミユキは私の顔を見て呟いた。

「…貴女なんでしょ?私の夫を殺したのは」

 その言葉を待っていた。

「…そうだよ」

 やっと、この罪悪感と正当な自分から解放される。

 ありがとうミユキ。

「ごめんね」

 私はもう決めていた。自殺をする事に。

「!?」

 それなのに、彼女は憎んでいる筈の私の腕を掴んで、落ちる寸前で留まった。

 寒風の冷たさに耐えながら、彼女に声を掛けられる。

「何をしているの?!」

「ミユキに殺されるくらいなら!自分で死んだ方がマシよ!」

「嫌!離さない!大雅の次がフユカが死ぬなんて嫌よ!フユカが大雅を殺したって言ったとしても、絶対…!殺さないから、フユカっ」

「ミユキ…!手離して!ミユキも巻き込んで死んじゃう!」

「なら、生きて!私に、全部話して!」

「…ミユキ!早く手を!」

 その時に、ここが崩れかける崖だと分った。

 私は至って冷静みたいだ。

 雪がなくなったそこはミユキごと巻き込んで落下する。

 落ちる場所はあの屑と同じ地点だろうか。

 それは嫌だ。

 私の毛嫌い。

 ミユキの手は未だ繋がっている。

 顔は落ちる恐怖で固まっている。

 私は延命を望まなかった。

 私は我儘に、彼女の手を引いて、大河を目指して落ちる。

 ごめんねミユキ。

 一緒に逝こうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る