第6話 ユミ
嫌な思いばかりした。
嫌な思い出ばかりつくった。
植え付けられた。
私の何がいけなかったの?
私が誰かに何かした?
悪い事なんて何一つしてこなかった子供時代だった。
それの何が癪だったのか。
辛い思い出を残してしまう程虐げられたのか。
私はそれが何か分らないまま大人になった。
優しくて、真面目を長所にした大人。踏み込んだコミュニケーションが取れなくなった短所を持つ大人。私が形成された。
その名前は現美(うつつみ)ユミ。
私である。
現在の私は秘書業務で安定した収入を得ている。
仕える社長等が例え株価の大暴落で私をクビにしたとて絶対に私は苦しい思いはしない。
しないよう節約と副業をして生活しているからだ。
私は困らない生活をしているが、その代償からか、充たされない人生を歩んでいる。
もっと幸せが欲しいわけではない。不幸がほしいわけではない。金も名声もほしくはない。何か、私の人生において決定づける大きなイベントがほしいだけ。
それがほしいだけ。
「ユミ。今晩は私と一緒に外出するぞ」
「承知しました」
私の他に二人の秘書が存在する。どちらもイケメンな男秘書。
私を外出に連れて行く時は決まって、私の存在を知らせて間接的に自分を偉く見せたい時。
「いらっしゃいませぇー」
だから、ここに連れて来られた時は、人生の分岐点なんじゃないかって思った。
相手は気づいていなかった。
そりゃあそうだ。加害者なんだから。
加害者は自分が行った悪行を忘れ、のうのうと生きている。
被害者はその痛みをずっと抱えたまま、慎ましく生きる。
夢川マキナ。
私の心に深い傷を負わせた女。許せない人。
「……お久しぶりです」
これは、もしかしたらチャンスだ。
「?」
相手は私の事なんて一ミリも覚えてはいない。これは、私の報復劇の合図。神様がくれたチャンス。
「すみません。私の勘違いだったようです」
急に楽しくなってきた。
そう思うと、嫌でも標的を観察する。
あの笑顔。なんて楽しそうなの。
ムカつく。
あの笑顔に何度私は苦しめられたか。
早く、私の前から消えてほしい。
せめて、その笑顔が歪んだものになればいいのに。
「お久しぶりです。マキナ」
復讐劇の始まりはじまり。
「今日は唐突にごめんね」
「ううん、久し振りに遊びたかったからいいよそんな!」
「ね、どこ行く?」
「久し振りに遊ぶっていうマキナの行きたい場所から行こうよ」
「え~?いいのぉ?じゃじゃあUFOキャッチャー行こ!」
「ゲーセンにしゅっぱーつ」
くだらなかった。他人の下手クソなプレイを隣で見て、ギャルという存在は何が楽しかったのだろうか。ただただ騒いで店に対する営業妨害じゃない。こんなのが楽しかったの?
もっと、楽しいことがあっただろうに。
可哀想。
「カラオケ行かない?」
「いこっか。何時間歌う?」
「四時間ぶっつけノンストップで歌おうよっ」
普段の接待と変わらないなと思った。
退屈な四時間を褒めて注文係をして。普段の接待となんら変わらないことを彼女達はしていたのかと思うと少し変な気持ちになる。
「はぁ……疲れたね」
「そう?まだまだ楽しみたいよ!ねぇ、もいっかいカラオケしない?」
「それよりも、お仕事は良いの?」
「ヘーキ!休みもらったからっ」
「そうなんだ。ならさ、ホテル行かない?」
「え?ラブホ?」
「違うよばか」
「ビジネスホテル。一度そこで休んで、また深夜遊ぼうよ」
「そうだねっ!」
こっからだ。
こっからは、私の楽しい時間になる。良い事は最後に取っておくのだ。
沢山行動してもらったから、マキナは暫く愚痴をして眠りについた。
ここからはとっても簡単。
「もしもし、お疲れ様です。雪ノ下さん。以前お話していた事について、お話がしたく………ええ、はい。ありがとうございます。今ビジネスホテルで一泊しているのです。差し支えなければ来ていただけませんか?」
馬鹿な社長を誘って衣服を脱がす。
マキナも同様に衣服を脱がしてベッドに横になってもらう。
その隙にスタンガンで一回。シャッターを八回。
メモを残して会社に写真を全部送信するだけ。
報酬は二十七万円。吃驚でしょう。
たかが食品株式会社のスキャンダルで。
肩書の社長ブランドのおかげね。
楽しかった復讐劇はこれで幕を閉じるの。
私の名前は日野ユミ。専業主婦。
日野(ひの)真(まこと)さんと結婚した私は幸せ絶頂の二十一歳になった。
可愛い一人娘も居る。
私に似てとっても可愛い女の子。
社長秘書という職業は私の人生においてとても良い役職だった。
お見合いの話もここからだった。そして嫁姑問題も想定していたが、姑はそこまで私に口出しすることなかった。
私は幸せを掴んだのだ。素晴らしい人生を掴んだのだ。
「ママぁ、この動画に写っている人と同じことあたしした~い」
「マモは可愛いからお父さんが撮ってくれるよ」
「うん!」
私に似て可愛い娘は最近流行りの動画サイトの馬鹿達の真似をするのがお気に入りらしい。キャラを模索し、確立し、広告で収入を得る彼等の努力には関心することはあれど、その必死さには呆れが出る。
そして何より顔が良くない。
pppppppp
『夢川マキナ』
マキナ?
誰だっけ。まぁ、声さえ聞けば誰か分かるか。
「もしもし、マキナ?」
『久し振り。…ねぇ。今、話したいんだけどさ』
嗚呼、嗚呼。思い出した。
クズ女だ。
『中学校のさ、近くの川でさ、話さない?』
何を今更話す必要があるのか知らないけれど、今にも死にそうな擦れた声に高揚感で心臓が締まる。
「いいよ」
死ぬ間際の汚い面は私が見てあげる。
「私これから学校へ行ってきます」
「おお。気をつけてな」
「ばいばーい」
嗚呼、人生のどん底に居る女はあの川に居る。
早く見に行ってあげなきゃ。
楽しみだわ。
楽しみだわ。
楽しみだわ!
「ユミ…………」
遅く登場した女の顔はほっそりして、貧相な恰好をしていた。
なにあのジャージ。中学校の頃のジャージなんてまだ持っていたの?
気色悪い。
「ざまぁみろ。夢川マキナ」
「………」
「今まで私の事は忘れてのうのうと生きた生活は楽しかった?私は、アナタの所為で毎日毎日!苦痛な生活で嫌だった」
「毎日毎日私に陰湿にぶつかって、階段から蹴とばした時だってアナタは楽しそうに笑って!毎日放課後にバケツいっぱいの水を掛けられて、汚いモップで私の毛髪を指摘して!何がいけなかったのよ!アナタみたいな校則違反者が!真面目に生活していた私の何が気に食わなかったのよ!コレは罰なのよ!アナタが私にしてきた罪の報復なの!」
女は無言で私に近づいて来る。
怖いものか。こんな貧相な女。
殴られたって、私は怖くもなんともないわ。
「沈めてやる」
世界の反転はその刹那だった。
苦しい。苦しい濃紺と泥の世界。
なにこれ。
「死ねぇぇ!」
嗚呼!嗚呼!嗚呼!
私はずっとずっとずっとずっとずっと!その顔が憎くて、でも弱かったから歯向かえなかった。
でも今は違う。
今の私は違うの。
私は夢川マキナよりも賢く、強く、狡いの。
私だけ死んで堪るものか。
苦しみがなんだ。水が肺胞を侵食するのがなんだ。
私は何も恐れたりしない。
これはチャンスなの。
神様、私にチャンスをくれてありがとうございます。
この女にも、道連れを。
バチッッッッ
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