第2話 アオバ

 何気ない日常だった。何気ない日常だったハズなの。

 なのに、どうして。

 どうしてこんな、すぐに。嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嘘だ!!






 いつもと変わらなかった。

 いつもと変わらない朝を過ごしたのに。

 嗚呼、あそこだ。

 あそこが私の選択肢だった。

 あそこが分岐点だったんだ。

「待ってアオバ」

 あの時気づけば良かったんだ。

「今日は私買物に行けないから、遅くてもいいからアオバが行ってきて」

 あの時ワカの異変に気づけば良かったんだ。

「頑張ってね」

 あの時ワカの笑顔綺麗だったからって、言い訳にできない。

 あの時ワカの手を掴んで、傍に居てって言えば良かった。

 嗚呼、どうして。

「ワカバの事は、父さん達に責任がある。アオバは、何も悪くないぞ」

 違う。嗚呼、どうして。

「ごめんね。ママが二人の面倒見れなかったから。ごめんね。ゴメンネ」

 どうして。

「私が、近くに居ながら、気づけなかったから。私なの…」

 自殺なんて。

 こんな。どうして。

 どうして。

 ワカが死んだって聞いたのは、夜十時。

 あまりにもワカの帰りが遅くてパパとママに電話した時。

 パパが電話で教えてくれた。

 ママが早く帰って来た途端、私を抱きしめた時。

 何だか分かんなくて、その日はワカのベッドで横になった。

 眠れなんてしない。

 気持ちが分かんないくらい溢れてワカの枕を濡らした。

 怒られちゃうな。いや、ワカは、ちがう、いやだ。

 ワカバ…………。







 ワカと私は、初めから最期までずっとずっとずっと一緒だって、信じていた。今でも信じているし、ゆくゆくは、一緒に死んじゃうんだって思ってる。



 双子(ふたり)で一つ。


 ずっとそう信じていたのに。ワカだけ先に死んじゃった。

 私に相談してくれない程何かに悩んで、自殺を考えて、行動してしまったんだ。私は、それを止められなかった。

 私にはまだワカが居ないと駄目なのに。

 ワカが居ない。

 ワカが居ない。

 ワカのベッドから段々ワカが消えていく。

 ワカの洋服から段々ワカが消えていく。

 鞄はもう汚水で変な臭いがする。

 ワカの制服も全く匂いがしなくなった。

 ワカが、私の前から消えてしまったんだ。

 ワカが居なくちゃ、私は何も出来ないのに。

 ワカが居なくて、私はどうすればいいの。

 ワカ。

 ワカ。

 ワカ。

 教えてよ。

 目覚まし時計がウルサイ。

 まだ、ワカのベッドの中に居たいのに。

 嗚呼、そうだ。今日は学校へ行かないと。

 学校に、行かなくちゃ。

「ワカ、おはよ」

 ベッドから出た部屋は少し肌寒い。階段を上がって私が止める目覚まし時計のタイマーを切る。

「………」

 洗面所にはパパが居た。

「おはようアオバ」

「……ぅん」

 キッチンにはママが卵を割っていた。

「顔早く洗いなさい」

「……ぅん」

 今までパパが日曜日以外起きてこなかったのに。

 今までママがご飯を作るなんてなかったのに。

 ワカが居ないと、二人はキチンと起きていたの?

 ワカが居ないから、二人は早起きしているの?

 私はワカと同じでちゃんと出来るのに。

 そんなに私はワカよりもしっかりしていないの?

 ワカが居ないとこんなに違うの?

「………………」



 学校に行ったって何かが変わらないわけではない。

 ワカが居ないこんな暗い町並み、何にもパッとしない風景にいつもワカが明るく彩りをつけてくれた。

 それがもういない以上、こんな空白の二十分間が、退屈で仕方がない。

「おはようアオバ」

 いつも挨拶してくれる私の彼氏。

 名前は何だっけ?あだ名もあったのに。こんなにも思い出せない。

「ゴメン。名前忘れた」

「聖川誠司だよ。セージっていつも呼んでたじゃん」

「そ」

 どうでもいいよ。今は、こんな男よりも、ワカが。

 嗚呼、ワカ。どうして死んでしまったの?

「片山、自殺したんだってな。聞いたよ。葬式まだやってないんだよな」

 何この男。ワカの話をこんな男に話されたくもない。

「あ、おい…!」

「今後一切、ワカの話しないで。聖川クン」









「ワカバちゃんが死んだんだって?辛いよね」

 止めて。

「悲しまないでね」

 ウルサイ。

「葬式には先生も行くからな」

 どいつもこいつも。ワカが居なくなったらそんな事を言って。

 ワカが居た時は話しかけないでずっと私の所に寄って笑っているクセに。ワカがどういう気持ちで、死んだのか分らないクセに。

 私も深くまでは分らないけど……。

 ワカは私の所為で死んだって事だけは分かる。

 ごめんねワカ。

 私の所為だね。

 嗚呼、私のこんな性格が悪かったのかな。

 私のこんな明るい性格が大人しいワカの性格をネガティブに見せたんだよね。そうなんだよね。ごめんねワカ。

 パパやママじゃない。全部私の所為だ。

 本当にごめんなさい。








「片山、今日は部活休みなんだな?」

「はい。ワカの葬式に、行って来ます」

「分かった。なるべく早く会場へ行くからな」

「…それでは、さようなら」

 私にはもうここには用はない。

 家にも、会場にも。

 私が行くのはワカのところ。

 ワカ、待っててね。

 ワカ、ワカ、ワカ、臆病な私を許して。ワカが死んだあの川で私も死にたかったけど、警察官が居たの。

 許して。

 お風呂ではワカと同じく冷たい中で息を殺すよ。

 待ってて。待っててね。

 冷たい、待って、私、も今。

 今、いくよ。いくからねワカ。

 私とワカはずっと、ずっと、一緒だからね。

 ごめんねワカ。

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