窒息

AILI

双子

第1話 ワカバ

 私とアオバは、初めから最期までずっとずっとずっと一緒だって、信じていた。今でも信じているし、ゆくゆくは、一緒に死んじゃうんだって思ってる。

 私は父の性格に似る様に出来ている。多分、自然と、潜在的なもの。

 アオバも同じ。

 アオバは母の性格に似る様に出来ている。自然と潜在的に。

 相反する父と母が結ばれた様に、私とアオバもそうなっている。

 双子(ふたり)で一つ。

 好みは同じ。味は対に。

 服装は同じ。色は対に。

 双子としてそうなるよう出来てしまった。

 双子って、どうして同じになれなかったんだろう。

 顔は同じなのに、性格、味覚、色彩に関する印象も同じになるべきだと、私は思う。

 そういうこと自体が異端なのかな。

 だって、そんな事を考えなければ、私はこんなにも悩まずに済んだのに。





 午前六時にセットした目覚まし時計で私達は目が覚める。

 甲高い鐘の音に意識は覚醒している。でも目を開けて起き上がらないのは、二段ベッドの上で目覚まし時計を止めるアオバを待っているから。

「ワカぁ、おっはよー」

 二段ベッドの軋む音で私はやっと目を開けて、ゆっくりと身体を起こす。丁度、起きている頃にそんな声がする。

 私の朝の始まりは全部アオバのこの言葉。

「おはよ、アオバ」

 アオバはとても軽やかに頭だけ宙ぶらりんになって私の様子を見る。特に何も変わりなかったらすぐに顔を引っ込めて階段を一段飛ばしで降りる。アオバがベッドから離れると自然と私もベッドから離れる。

「パンで良い?」

「いいよぉ!」

 両親は共働きで毎日夜遅くに帰って来る。だから、朝は早起きではない。アオバが大声で話しても七時になるまで絶対に起きない。

 そんな親。

 だから、朝ご飯はいつも私たちの自由な時間。

 両親はコーヒーと食卓にあるパンか、白米があれば食べてすぐに出勤するからおかずも、イチゴジャムも、ふりかけだって少し多めに出来る。

「バター焼く前にたっぷりつけてっ」

 トースターの電源プラグを確認して角食パンを入れる直前にアオバのこだわりが洗面所から出る。

「ジャムは?」

「ジャムは後でっ」

 ジャムも確認して良かった。今日は焼いたトーストにバターを塗ったものにする予定だったから。アオバはフレンチトーストみたいなのが好みなの。なんでもしっとりとしたあの食感とバターの沁みる瞬間が至福らしい。私はサクサクしたパンの方が、好きなの。

 やっぱり、味覚が違うってちょっとイヤ。

「早く顔洗ってよ。私の番が少なくなっちゃう」

「むぁって…!」

 朝はいつもアオバから顔を洗う。すぐ顔を洗うのが一つと、子供の頃から父と一緒に顔を洗っていたのがアオバで、母と一緒に朝ご飯の手伝いをしていたのが私だったからっていうのが一つ。

「ベーコンエッグ?」

「ぶぶぶぶぶっ、う~~!」

 一際大きい水音を立てて、アオバは答える。

 きっと、あの音はイエスの声。

 冷蔵庫を確認する。

 卵が五個、ベーコンのパックが開封済みになっている。

 ベーコンのパックを取り出して何枚か確認する。

 三枚。もう使ってしまおう。

「ワカ、次いいよっ」

 ガスの元栓を開けてから声が掛けられる。丁度良いタイミング。

「うん。ベーコンは全部細切りにして焼いて、卵は目玉焼きにしてね」

「オッケー!」

「あ、油ちょっと引いてね」

「分かってるよぉ」

 アオバは忘れっぽい所があるからちょっと心配になる。

 アオバのその忘れっぽさは母からの遺伝。私は父から母とアオバよりは優れる記憶力を遺伝としてもらった。

 子供って、こう上手く出来てるんだって、思ってしまう。

 洗面所で耳に入る水音に混じってまな板を叩く音が不思議な程に好き。

 多分私は少しおかしいんだと思う。

 でも、こういうアオバを感じながら生活する二人だけの空間。それを錯覚してくれるこの朝の時間が、私は何よりも好き。

 卵を割る音が聞こえる。二つの卵が熱される音が聞こえる。

 アオバは片手で卵が割れる。私は沢山練習しても全然割れなかった。

 だから、あの音を聞くと羨ましい分悔しくて、でも自慢したい気分にもなる。やっぱり私はおかしいんだと思う。

「今日はメチャクチャ綺麗な黄身じゃない?ねぇ、すごくない?」

「スゴイ。白身のこのパリパリ私好きなの」

 チンッ

 トーストが出来上がった。そろそろニュース番組を見なくちゃ。

「テレビつけるね」

「あーい」

 こういう時は大抵バタバタしちゃう。

 トーストをお皿に乗せて、食卓に運んで、半熟の目玉焼きを別の皿に盛り付けて、強火で切ったベーコンを全部投下する。

「アッチィ…!」

「火傷した?大丈夫?」

「うんっ!平気だよ」

 かなり香ばしくなるベーコンの香りを感じながら、私はニュース番組を見る。

『———。続いてのニュースです。昨日未明、栗山(くりやま)太一(たいち)さん二十六歳が、自宅のマンションで殺害されました。目撃者は身内の栗山明音(あかね)さん三十歳で、明音さんも犯人に軽い怪我を負わされました。犯人は眼鏡を掛けた女性会社員の服装で、未だ逃走中との事です。目撃情報があれば———』

「なんのニュースなの?」

 プスプスと音を出すベーコンと綺麗な目玉焼きを持って来てアオバは言う。ニュースの音が小さいからあまり聞けなかったみたい。

「殺人事件みたい。しかも隣の市」

「学校近くのあのマンションだね。やだぁ……」

 そう言いながら、二人で手を合わせて食事を始める。

 何事もない平和で好きな時間。この時間だけ、ずっと続いてほしい。











 好きな時間が過ぎると途端に私の嫌いな時間になってしまう。

 あと十時間、私の好きではない時間になってしまう。

 私は、ずっと、耐えるしかない。

「おはようアオバ」

「おはよー!」

 ここから先は、私は透明人間になる。

 アオバは私よりも友達が多くて、キラキラ輝いて、私よりもずっと良い子で、明るくて、彼氏もいて。

 私は双子なのに、アオバと同じ位置に居れると思ったのに。学校に来る度にそんな事が全部幻だって、現実を突きつけられる。

 アオバが羨ましい。

 でも、アオバの個性は私には真似できない。

 だから、苦しい。耐えるしかない。

 でも、もう、駄目になりそう。

 そう感じてる。

 教室も離れているし、友達と呼べる人なんて、殆ど居ない。

 学友が、精々で、部活もしていない私は、アオバを通して周りから劣等感を貼られる。

 ここに来る度私はアオバの隣に居なくてもいいんだって感じる。

 ここに来る度私はアオバの評判の邪魔になっているって感じる。

 ここに来る度私はアオバの付き添い人なんだって感じる。

 アオバに縋って私はずっとここに来ているって感じる。

 それが、私を締めつける。


 だから、今日はひと味違うの。

「じゃあ、ワカまたねっ」

 放課後いつも会いに来てくれるアオバ。いつも耐える私を救ってくれるアオバ。

「待ってアオバ」

「?」

 今日は、ひと味違うから。私は鞄から今日の食費が入っている財布を丸ごとアオバに差し出す。

「今日は私買物に行けないから、遅くてもいいからアオバが行ってきて」

「うん!じゃあねワカ!」

「頑張ってね」

 私は笑顔で生徒玄関を出る。

 私はおかしいんだと思う。だから、おかしいままに色々考えたら、死を考えたら、心が解放されたの。

 本当におかしいよね。

 生きなきゃいけないのに。死んだ方がマシだなんて考えてる。

 そっちの方が、心が安らぐの。

 ここ最近アオバに内緒で考えていたの。

 あの川に隠れて死んじゃったら、さぞかし良いんだろうって。

 アオバにはもう私は必要ないから、本当に心が軽い。

 変なの。

 こんなに、私行動力があったなんて。


 ごめんねアオバ。父さん。母さん。

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