第21話 * vs一途&妄想・種

 ちょっとした作戦を立て、僕らはふたり目の刺客へと駆けた。藍花高校は三階建て。視聴覚室は図書館のちょうど真上にある。

 荒れ果てた美術室の前を通り過ぎ、奥まったところにある生徒会室には向かわずに階段を――完全に忘れることができず盗み見た生徒会室に掟先輩はいなかった――階段を、昇る。

 僕の心臓になったことでアスターの魔法が解けかけているのかもしれない。

 

 視聴覚室の扉は図書館よりも堅牢だ。外から明かりが入らないよう窓はなく、ずっしりとしている。とはいえ屋上や体育館倉庫より手入れが行き届いているのか、重さのわりに開きにくいということもなかった。


 奇襲を警戒して、僕が先陣を切る。

 扉を開くと肝を抜かれた。


 攻撃を受けたわけではない。

 視聴覚室はゲームセンターになっていた。


 本来の視聴覚室は小規模なシアターのようだった。床のほとんどを緩やかで一方的な段差が占め、最奥にして最下部のスクリーンを頂点に、扇状に席が連なっている。とはいえここは学校内、シアターほど優れた設備が整っているわけもなく、一クラス四〇人分ほどの席は木製だった。最後尾以外は後ろの机に折り畳みの椅子が接続されている特別仕様ではあるが。


 今の視聴覚室との共通点といえばスクリーンと緩やかな段差、それと広さに薄暗さ程度のものだ。机はゲームの筐体に置き換わっていた。入ってすぐにプリクラと有名なリズムゲームに迎えられた。所狭しと古今東西のアーケード筐体が並び、暗色一色だったはずの壁はところどころ鏡面になっていた。壁際には飲食物の自動販売機まで備え付けられている。


 筐体の森の中を歩く。恐る恐る、いつ襲われていもいいように。しかし、僕ら何事もなく敵の背後を取ることができた。スクリーンの前に並んだアーケード筐体に二人分の影がある。

 スクリーンには筐体のモニターとは別に、僕とカンナがやり込んでいる格闘ゲームのプレイ画面が映し出されていた。どうやら対戦しているらしい。


 ひとつはカンナだろう。墨汁をぶちまけたようなツインテールで床を掃くのも構わず背を丸め、眼前のモニターに食らいついている。

 もうひとつは天使だろう。こちらは姿勢が良すぎる。背もたれのない椅子に座っているにも拘わらず背もたれがあるように錯覚するほど背を伸ばし、両足が床を踏んでいる。

 ふたつの影には大人と子どもほどの身長差があった。カンナは容易に包み込まれてしまうだろう。


 逆に奇襲をかけるべきだろうか、迷っている内にゲームが終わる。勝ったのはカンナの最も得意としている、自分の影を実体化させて戦うキャラクターだった。体力が残っているかどうか、目を凝らさなければわからない。


 カンナの背骨が鳴る。

 対ありでした、と声がする。

 振り返った顔に満面の笑みが張り付いていた。


「あっ、蒼斗センパイ!」

 不敵な笑みではない。単なるドヤ顔というには随分と楽しそうな、僕ですら数えるほどしか見たことのない、いい笑顔だった。

「凄いんですよ、破菊はぎくくん! 蒼斗センパイにできないこと全部できますし!」


 破菊くん、という名前は掟先輩から聞いていた。

 長身の男が振り返る。長い前髪のあいだから覘く、視線だけで人を射殺せそうな三白眼。瞳の色はエメラルドのような緑色。

「あら、カレがアナタをふった……?」

 恐ろしく低い声だった。敵意は感じられない。腕を組んだかと思えば、片手を自らの頬に添えた。

 

「あ、そうそう。蒼斗センパイ、こういうときは紹介した方がいいんですよね?」

 小さな手のひらが男を指した。

「この人は夏虫破菊くん。私のクラスの転校生で――」

 カンナの顔くらいある手が静止する。


「アリガト、カンナ。自己紹介くらい自分でするわ」

 長身の男が立ち上がる。

 裕に二メートルはある。

 

 椅子を引いて立ち上がり、椅子を戻して向き直り、頭を下げた。マナー講師が絶賛するであろう一礼。ローズクォーツのようなピンク色の癖毛はトップから伸びている。アンダーは剃られていた。


 彫りの深い顔に人好きのする笑みが浮かぶ。

「どうも、ミナヅキさん。アタシは一年三組四十一番、夏虫破菊なつむしはぎく

 品行方正そのものという姿勢が歪む。

 くねくねと腰を捻り、天使はいう。

「それともC00009キューピッド・クワトロオーナイン、ガーベラって名乗った方が通りがいいかしら?」


 右へ、左へ、腰を捻るたびに金具が鳴る。七分丈のスラックスは二本の鉄鎖で留められており、バックル部分は二つのリング形成されていた。中央のボタンだけ留めた黒いワイシャツは鍛え上げられた筋肉ではちきれそうになっている。


「へっ、バカしかいねえのかよ。天使って奴は」

 楓が前に出る。

「私は敵です、なんて自己紹介するバカがいるかよ!」

 肩に載せた木刀がノーモーションで天使を薙ぐ。


 灰色の学ランが翻る。

 首の根元に振り下ろされた木刀は二本の指に止められていた。親指と薬指に側面を掴まれ、ほかの指は立っている。学ランも七分丈らしく、鎖が丸々露出した。

「あらヤダ。自己紹介が終わるまで攻撃を持つ馬鹿がナニかいってるわ」


 ミシミシと木刀が鳴る。

 あるいは、楓の身体が鳴っていたのかもしれない。

 ヴェロニカと戦っていたとき、楓の膂力りょりょくは目を見張るものがあった。どうやら〈整形〉によって、自らの筋肉の質を変えていたらしい。捲られた袖から覗く細腕は見慣れたものの倍ほどに膨れ上がっている。


「別にヤってもいいケド、そこそこ強いわよ。アタシ」

 にい、と真っ白な歯が見える。

 指が木刀に沈み、音がした。はじめはバキリと、木の割れる音。落ちた木片からは鉄の鳴る音がした。

 武骨なカジュアルブーツの上にはムダ毛のひとつも見当たらない綺麗な脛があった。


 楓が舌を打つ。

 次の手を打つより先にガーベラが迫る。

「そ・れ・に」

 自らの腰に手をやり、楓を上から覗き込んだ。少ししゃがむだけでキスすらできる距離だった。

「自分から正体を明かすのって自信のあらわれよ。アナタだって自信があるから突っかかってきたンでしょォ?」


 だが、楓は身を引かない。

「ったりめえよ! オレは七海楓! 能力は」


「楓!」

 女子にしては広い肩を引き寄せる。

「ガーベラの能力はたぶん〈一途〉に近い。できるだけ喋らない方がいい」


 楓が歯噛みする。

 ガーベラは人好きのする笑みを浮かべ、左右の手を顎の下で組んだ。


「イヤン、バレちゃった。詳しいじゃない。あの子と一緒に戦ってきただけのことはあるわ」

 にい、と人の悪い笑みが浮かぶ。

「でもダメね。正解なのは最初だけ」


 武骨な手のひらが楓を指した。

「まず、この子の能力なんかいらない」

「んだとこら」


 ガーベラが楽しげに笑う。

「だって知ったところで理解できそうにないもの。学べないことを真似なんかできないわ」

 

 そういえば胡蝶もそうだった。二周目の世界で葵の〈追跡〉を訊いて能力をコピーしていた。相手のことを理解してはじめて機能する能力なのだろう。カンナと戦ったときも先に〈妄想〉と恋愛観を訊き出して理解したのだ。共感して、理解して、自分の〈愛の力〉を確固たるものにしていたのだ。


「それに、知られなければ勝てると思っているなら出直してきなさい」


 まるで見透かされているようなタイミングに息を飲む。

 ガーベラは物憂げに溜め息を吐いた。


「だってアタシは〈七戒律〉を破らない。ヴェロみたいにはいかないわ」

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