第22話 * vs一途&妄想・蕾
ガーベラはヴェロニカが〈七戒律〉を破って堕天したことを知っていた?
相手の内面を読むような能力に覚えはない――いや、葵の〈追跡〉ならあるいは。不存在の傷跡を見ていた辺り、そういう活用ができたとしても不思議ではない。
そもそもアスターもいっていたではないか。
『一部を貸与した』
だとか、
『〈開花〉させたのは彼女たち自身』
だとか。
僕が考えているうちに楓がいう。
「っ、オマエ、どうしてそれを」
ガーベラは手のひらで鼻と口を覆った。
「あら、本当に堕天させられちゃったのね、あの子」
長い前髪に隠されて右目しか見えない。ほくそ笑んでいるであろうことだけは想像に難くない。
「テメェ、ハメやがったな!」
叫びつつも楓は拳を握るばかり。
どうやら心を読まれているわけではないらしい。
そうはいっても安心はできない。
ガーベラがいっていることが事実だとしたら、僕らが天使を倒せるルートがひとつ減ったのだ。ちょっとした作戦というのはまさに〈七戒律〉を利用することだった。楓の初撃はその実、当てる気がなかった。反撃させて一点。もう二点減点で〈堕天〉させるはずだった。
ガーベラのいっていることがハッタリだとしたら、こちらの異能も作戦も筒抜けの可能性が浮上する。
絶望的だ。
ふあ、とカンナが大きな欠伸をした。
「暇ですし。まだ終わらないんですか?」
楓とガーベラが向き合う。
ガーベラとカンナが隣り合う。
カンナと僕が向かい合う。
不敵な笑みでカンナがいう。
「蒼斗センパイ、冬馬センパイを助けたいんですよね?」
ああ、と僕は肯く。
「で、破菊くんは蒼斗センパイを妨害したい、と」
ええ、とガーベラは舌なめずりをした。
ふう、と小馬鹿にしたように息を吐いた。
「興醒めもいいところです。要するにどっちが先にルールを破らせるかの後出しじゃんけんってことですし」
新月めいた左目が楓を捉える。
「そっちの二人も何かいいたげですし」
楓と僕の数歩後ろに、天谷さんがいた。
葵の姿は見えていないはずだ。
「気持ちはわかりますよ? せっかく面白いチカラがあるのに舞台装置にされるだけっていうのも面白くないですし。私だって楽しいこと、シたいですし」
カンナの顔が目と鼻の先に迫る。
「どうせ蒼斗センパイが具合悪そうなのもチカラのせいなんでしょう?」
「……それはどうかな」
思わず腹部に動いた手を――今朝、倉石家で怪我した右手を――新月は見逃さなかった。
不敵な笑みは揺るがない。
「そこで私から提案があります」
すらっとした指が僕の眉間に突き付けられる。
「蒼斗センパイ、私とゲームしましょう?」
視線だけ動かして、呆れたようにガーベラがいう。
「ちょっとカンナ。アナタ、さすがに勝手が過ぎるんじゃない?」
カンナも同じように答える。
「勝手? 目の前で知人が殺し合うのを見過ごすよりかはマシだと思いますけど?」
静寂があった。僕とカンナも普段こんな感じなのだろうか。
「……ふうん。そこまでいうなら訊こうじゃない。後出しじゃんけんにならない、興醒めしないゲームってやつ」
待ってましたとばかりにカンナはスクリーンを指差した。見覚えのある七つの項目が表示される。上から六つ目がノートにマーカーを引いたように強調される。
〈天の七戒律、その六。人の願いを選んではならない。試練を与え、契約せよ〉
「また〈契約〉すればいいだけですし。お互いが納得できるルールで、ちゃんと白黒つくように」
そういってカンナは指を鳴ら――なかった。カスッ、と情けない音を出しても不敵な笑みは揺るがない。むしろ不敵さはいつもの二割り増し。そんな気がする。
「……題して〈
スクリーンにはゲームのタイトルが躍動感たっぷりに表示されていた。
「2オン2のチーム戦。自分の意思に従うか、仲間の意思に従うか。誰を信じるか」
*
「蒼斗センパイは天使を倒すための条件が軽くなる。破菊くんは〈堕天〉を気にすることなく戦うことができる。私は蒼斗センパイと永遠に楽しいことができる」
まあ〈契約〉を挟むだけなので難しいことはないんですけど。と呟いた直後、こういった。
「ただ、ルールがちょっと複雑なのでよく聴いてくださいね」
一瞬、天使と対等になったかと思ったがそんなことはない。簡単に事が進むわけがないのだ。天使と、ひいては〈コピー能力〉と〈創造の具現化〉を相手取っておいて。
「まず、チーム内の役割を決めます。実際にチカラを使って戦う
2オン2、とはいっていたが実際には一対一をふたつ。
「
へっ、と楓が目を輝かせる。
「〈翼〉は必殺技ってことだな? そういうことでいいんだな?」
カンナが肯く。
「ええ。それに加え、相性を設定します。〈盾〉は〈剣〉に強く、〈剣〉は〈翼〉に強く、〈翼〉は〈盾〉に強い。数値としては単純に二倍ってところです。じゃんけんみたいなものですし」
僕は、これみよがしに首を捻った。特にいい音とかは鳴らなかった。
「つまり〈盾〉はグー、〈剣〉はチョキ、〈翼〉はパーってことだ」
そういいながら掲げた右手でじゃんけんの形を作りつつ、左手で太ももを叩いた。
グーで一回。
チョキで二回。
パーで三回。
そういうことです、とカンナが不敵に笑う。
「ここから先が、このゲームが〈信頼〉の名を冠する理由です」
カンナの手に二組計六枚のカードが現れていた。
「
ガーベラが唇をさする。
「〈盾〉の場合はどうなるのかしら? 攻撃はできなかったはずだケド」
「ダメージの軽減率です。最大で二〇〇分の一までダメージを減らせる、ということになりますね」
ガーベラの口角が上がる。
「戦っている最中も何度もコマンドを選択し直すことになるのかしら?」
「いえ、一ターンのあいだ、一度決定した行動は変更できません。ただし、同じ行動は何度でもできます。格ゲーってよりかはコマンドバトルって感じですし」
「ゲームは二回の選択で進行します。制限時間内にコマンドを決定、戦闘実行。この流れを一ターンとしますが……」
モニターを見たままカンナがいう。
「体力と制限時間に希望はありますか? 私はコマンド決定時間は決めなくてもいいと思いますけど」
「あった方がいい。あまり悠長に遊んでられないんだ」
つまらなそうにカンナがいう。
「じゃ、半分ずつ決めましょうか。蒼斗センパイは
戦闘時間の長さは死のリスクに直接関わる。だとすれば、
「……三十秒だ」
「じゃあ
思考時間の長さは……ダメージの倍率に関わる。そして相手は恐らくカンナになるだろう。
「……短くないか?」
「戦闘時間の倍ありますし」
モニター上に時間が追記された。
「体力は……基本の攻撃を一として、一二〇でどうです?」
「それ、最悪一撃で終わらないか?」
――最悪の場合、相性不利の二倍に加え、双方不一致の一〇〇倍で、二〇〇倍。それに、実際のダメージがそれほど膨れ上がるとしたら、
「そうですね。まあ、蒼斗センパイが諦めない限り無限にできるので私はそれでいいですし。二手で終わるほどのダメージなら
答えたのはガーベラだった。
「待ちなさい。無限にできるってどういう意味かしら?」
カンナが見上げる。
ガーベラは笑っていない。
「当たり前ですし。こっちは一回負けたら負け、あっちは諦めたら負け。それだけの話ですし」
「アナタ、さっきお互いが納得できるようにっていわなかったかしら?」
モニターに〈天の七戒律、その六〉が映し出される。
「〈試練〉っていうのはどんなに難しくても乗り越えられるものです。クリア不可のゲームなんてゲームとして破綻してますし、クソゲーですし」
カンナが不敵に笑う。
「それとも破菊くんは人間に勝つ自信がないんですか? 神様が破綻しているとでもいいたいんですか? 違いますよね? 私たちの信じる神様が、そんなことするはずないですよね?」
「……いうじゃない。ただしひとつ、条件を追加するわ」
ガーベラがにい、と歯を見せた。
「〈
少し考えて寒気がした。
新月の周りに白い宇宙が広がっていた。カンナの瞳孔が開いている。
「……最っ高」
信頼を測るより先に、信頼を壊しかねないゲームになってきた。
「カンナ。一二◯でいこう」
「賢明な判断です」
早く、終わらせる。
――おおよそのルールが決定し、あとはいくつかの禁止事項を設定し、〈契約〉を結ぶだけとなる。
カンナが筐体へと向き直る。
「それじゃあ、互いに筐体の上にコマンドを置いて〈TRUST《トラスト》 FIGHT《ファイト》〉と唱えたらコマンド実行で」
ここだ。
すかさず僕はいう。
「それ、楽しいか?」
「カードゲームは向かい合ってやるのが定石だろ? せっかく夢みたいな空間が作れるなら、それに相応しい椅子と机くらい用意してくれてもいいんじゃないか?」
「……いいでしょう」
散開する影が立体的に伸びる。ふたつの筐体のあいだに、背の高い椅子と丸いテーブルが現れた。
「こんな感じでどうです?」
「いいね。天板が硝子っていうのがお洒落でいい」
透明な硝子のテーブルを小突きつつ、首を捻った。
「ねえ、カンナ。アナタ、男の子に力で勝てる自信はあるの?」
ひとつ、禁止事項を追加していた。
〈ゲームの仕様を除き、
カンナはあっけらかんとした表情でいう。
「まあ、蒼斗センパイにならいいですし。時間からも空間からも隔絶されたこの世界で永遠に爛れた関係を送るアダムとイブになるんです。それってとっても素敵なことじゃないですか?」
それに、そんな人じゃないって、信じてますし。と、俯いた。
「そういうの、できるだけ人前では控えてくれ」
「やですし」
うふ、とガーベラが笑う。
「悪いけどアタシの今の仕事はキューピッドじゃないの――始めるわよ」
大仰に手を広げ、宣言する。
人好きのする笑みが浮かぶ。
「〈
各々肯く。
人の悪い笑みが浮かぶ。
「契約成立――さあ、カンナ。一応訊いとくわ。アンタはどっち?」
「まあ、指揮者が適任でしょう」
カンナはテーブルに着いた。虚空で足をぶらつかせている。
「……楓」
「ああ、わかってる」
僕らは各々、適切な戦場へ向かう。
「
「
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