第22話 * 妄想vs一途・種
不存在の教室に一陣の風が吹く。カンナの額を矢が
カンナは僕ではない僕に絡みついたまま
「
刹那、僕ではない僕とカンナにパキパキと亀裂が走る。穿たれた額を中心に硝子のように砕け散る。崩壊した僕らの粒子は夕日に照らされて黄金色に煌めき、さらさらと宙を舞う。的を失った矢がカランと音を立てて転がった。
「そこは私の
カンナが見ていたのは僕ではなく、僕の〈千里眼〉の隣に立つ銀髪碧眼の少女――胡蝶の姿だった。胡蝶はすでに次の矢をつがえ、青いはずの瞳を赤く輝かせて不存在の教室を見渡している。
不存在の教室はあくまで屋上に繋がる階段に存在しているらしい。胡蝶は教室後方で異彩を放つ鉄扉に狙いを定めると、迷いなく矢を放った。
胡蝶の赤い瞳には鉄扉しか映っていないはずだった。〈千里眼〉は鉄扉の先にいるカンナの姿を映し出していた。学習椅子の背に腕と顎を載せ、僕と相対しているときのように、不敵な笑みを浮かべている。鉄扉の虚像は撃ち抜かれると砕け散り、矢はカンナの額に切迫する。
カンナの額に矢が突き立てられる。そんな光景が脳裏を
「なるほど、〈透明化〉と……〈透視〉? いや、〈索敵〉辺りが妥当、だとすれば〈透明化〉したままで私を撃たなかったのは〈索敵〉と同時には使えないからってところですかね? 同時に使えるなら初見殺しですし――っていうか冬馬センパイってストーキングとかするタイプでしたっけ?」
カンナの笑顔がくつくつと揺れて、胡蝶の切れ長の両目が訝しるように見開かれる。そうして目を逸らさないまま、三本目の矢がつがえられた。訝しんでいるものは矢を止めた虚像だろう。
窓から差し込む夕日、照らされたカンナ、鉄扉に向けて伸びる影。虚像はカンナの影から伸びていた。あるいは、小さな手のひらの虚像が矢を握っている。
「まあどっちでもいいです。蒼斗センパイの隣が誰のものかなんて、冬馬センパイが決めることじゃないですし」
選ばれるのも、生き残るのも自分だと言わんばかりだ。
ペン回しでもするかのように矢が弄ばれて、その先端が胡蝶へと向きを変えた。そして、弓につがえるべき矢はダーツのように投擲された。到底手で投げたとは思えない回転が加わり、明確な殺意が胡蝶に迫る。
いずれにせよ尋常ではないと、胡蝶の荒んだ息遣いが語っていた。玉のような汗を浮かべて赤い瞳をそらさないままで四本目を番える姿を見て、カンナは飄々と揺さぶりをかける。
「流石、いい腕してますね。そうやって
「……もしかして、楽しんでいるのですか。こんな、酷いこと」
「別に? でもいい機会じゃないですか? 蒼斗センパイと私の関係を邪魔する奴らを全員消せて、こんな面白い力も使えますし……ああ、やっぱり楽しんでるのかもです」
「七海さんのこともそうやって、ゲームみたいに」
「ええ、そうですよ? 別にいいじゃないですか、冬馬センパイも同じでしょ?」
「貴女とは違います」
「楽しんでないって言いたいんですよね? でも同じですし。本当に嫌なら、誰も殺せず殺されてるはずでしょ? 結局、貴女も人を殺しているんですよ。蒼斗センパイの理想になるために頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って身に着けた強さで、蒼斗センパイのためだって建前で、結局は自分自身のためだけに。ほら、私と何が違うっていうんです?」
――実際、異能を用いた殺し合いにおいて、彼女はカンナに勝てないだろう。不思議と、そんな確信があった。
カンナは胡蝶が持ち得ない才能を持ちすぎている。胡蝶の舌はカンナより回らない。胡蝶がカンナに勝り得るのは身体能力と、不器用で非効率な努力家という程度。しかし、参加者の中で最も身体能力が高い楓は一番最初にカンナに殺されていて、カンナと相まみえているこの状況では地道な努力を重ねる時間はない。
胡蝶の唇の端から顎に向けて、血の雫が流れる。切れた頬からの流れと重なり、大きな雫になって床に落ちた。食いしばった歯が唇を巻き込んでいた。
「……私は、蒼斗さんの理想の女性になるために、それだけが私の生きる意味だと考えて生きてきました。何度くじけそうになっても〈愛する人のためなら、どんな困難でも乗り越えられる〉と」
カンナが不敵に笑ったままで瞳孔を開く。警戒を強めたのだろう。胡蝶が〈愛の力〉を開放する傍らで、彼女を思う。
遠い過去の約束に縋り、遠い地で自分のことなど忘れてのうのうと生きているかもしれない相手を、胡蝶は延々と思ってくれた。きっと誰より一途だった。きっと誰より、僕のことを必要としていた。僕のために強くあろうとした彼女のことを、僕は思わずにはいられない――たとえ、それが走馬燈に近しいものだとしても。
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