一章 * love come down
第2話 * 五月雨や黄昏狂んで昼還れ
その日、僕は五人の少女から告白を受けた。
みんな、僕のことを好きだといってくれた。
朝、目が覚めて一回目。
「私は今日この日まで貴方のことだけを考えて生きてきました」
銀髪碧眼の許嫁から告げられた想いを、僕は勘違いかもしれないと戸惑い、答えを先送りにした。まずこれが良くなかった。
登校ついでに迎えにいった高層マンションで二回目の告白。
「私もう、センパイがいないとダメなんです。蒼斗センパイ以外は全部、嘘なんです」
黒髪ツインテールの後輩から告げられた告白も、一回目の告白を先送りにしたこともあって先送りにしてしまった。正直、舞い上がらなかったと言えば嘘になる。
お昼休みの図書館で三度目の告白をしてきた相手が冗談を言うタイプだったら間違いなく訝しく思っただろう。
「あたしは蒼斗のこともっと深く、ちゃんと理解したい。もっといっぱい蒼斗のことが知りたい」
日本人形を彷彿させる幼馴染からの告白も例によって先送りにしてしまった。しかしそこは思春期男子。モテ気到来に内心舞い上がらずにはいられなかった。
放課後になってすぐに見慣れた教室でなされた四度目の告白は相手が相手だったから正直ドッキリかと思った。
「オレと付き合ってくれ。オマエが望むのなら、オレはどんなオレにでもなってみせるから」
栗色のベリーショートの親友に、お前もか、というツッコミを飲み込んで辛うじて答えを先送りにした。
この頃には流石に先の展開も読めてくる。案の定、呼び出しに応じて屋上にいくと五度目の告白があった。
「貴方のためにできることならなんだってやる。貴方が生きるために必要なことは全部、私がやってあげる。だから、私の恋人になって頂戴」
……流石に五度目になると怖くなってきた。亜麻色のボブカットと眼鏡の下の泣き
これが一途で誠実でカッコよくなろうとしてきた結果と思えば悪くない。けれど、五人と同時に付き合うことはできない。そんな不誠実はカッコ悪い。僕は全員と明日の放課後までに答えを出す約束をして帰路についていた。
こうやって一人で帰るのはいつぶりだったかな。傘を差すべきか差さなくても良いか迷う空模様の下、彼女と相合傘をして歩いた日もあったっけ。
でも、一人で傘を差して歩くのも嫌いじゃない。肩が濡れなくて済む。何より今日は懐かしささえ感じる
―—頭が痛む。
「っ、どうすれば……」
現実逃避もそこそこに、現実を直視させられる。僕は明日の放課後までに、誰を傷つけるか選ばなくてはならない。
歩道橋を過ぎて少し歩くと横断歩道の信号の色が逆光で不鮮明になった。割れたアスファルトの水溜りに目を凝らすと、ハットを被った人影が夕日の中に立っている。赤信号だった。行きかうタイヤが水を切る音は風の吹き荒ぶ音に似ている。
引き返して歩道橋を渡るか、信号が青に変わるのを待つか。歩くペースを緩めて悩んでいる間に横断歩道に辿り着き、歩道橋まで戻るのも
機械の鳥が鳴き、信号が青に変わったことを知る。一歩踏み出すと、浅い水溜まりに足を取られた。顔をしかめてもう一度踏み出した足はずいぶんと重く感じる。水を吸って、まるで地面に束縛されているようだ。靴下まで水に浸って気持ちが悪い。家に帰ったらすぐ洗濯機を回さなければならない。夕飯を作るのも洗い物を片付けるのも洗濯物を畳むのも僕の仕事だ。
横断歩道を渡り切った先にある用水路から泥色に濁った水が氾濫していた。僕が歩かなくてはならない道にも幼い子どもが描いたような世界地図ができていて、仕方なくひび割れた縁石の上を歩いた。
……わかってる。落ち着かない理由は逢魔が時のせいなんかじゃないことくらい。黄金色の夕日のせいでも、無数の針みたいな影を生む小雨のせいでも、間の悪い赤信号のせいでも、用水路の氾濫が生んだ世界地図のせいでもない。
全部、あの夢のせいだ。
今日という夢のような日の始まりは、悪夢からの目覚めではじまった。
詳細はうまく思い出せないけれど、断片的に覚えているものも少なくない。この時期はいつもそうだ。気圧のせいで頭痛に襲われる。嫌な夢を見て、寝覚めが悪くなる。
思い出せるのは今と同じ、黄金色の夕日。茜色の影。それと、愛に纏わる五つの言葉。
『〈愛する人のためなら、どんな困難でも乗り越えられる〉』
『〈愛する人のことはすべて、知っていたい〉』
『〈愛する人と、一時たりとも離れたくない〉』
『〈愛する人が思ってくれるのなら、自分の生まれ持った姿さえ捨てられる〉』
『〈愛する人は、記憶の中ではもっと愛おしい〉』
ちょうど五つ。今日が六月五日だったからなんかじゃない。それは僕が今日一日で愛の告白を受けた回数だったから、どうも胸騒ぎがするのだ。
大通りを抜けて閑静な住宅街に入って間もなく、二階建ての一軒家に辿り着く。屋根の下に入り、傘を翼のようにはばたかせて水気を払う。狙い澄ましたように屋根から僕の頭に落ちた雫が右目に入り、親指の付け根で擦りながら両目をしばたかせた。
振り返ると小さな溜め息が突いて出る。ブレザーのポケットから鍵を取り出し、差し込んで、回した。重厚な音と一緒に開錠し、親子ドアを押し開ける。
この家に、僕の帰りを待つひとはいない。彼女がいるのではないか。期待していなかったと言えば嘘になる。大抵、僕を待つのは薄暗く
そのはずだったのに。
「おかえりなさいませ、
――まるで僕のことを待っていたかのような口ぶりだが、僕は彼女のような妻も居候も
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