ヤンデレバトルロワイアル*黄昏に咲う堕天使〜一途な許嫁vsストーカー幼馴染vs妄想癖の後輩vs整形の親友vs束縛癖の先輩〜

七咲リンドウ

第一部 * Bloom in the twilight

プロローグ

第1話 * 妄想vs一途・華

 五人の少女が僕を求めて殺し合った。

 僕のせいで、殺し合った。


 ルールは至ってシンプルなものだった。生き残った一人が僕の恋人になる。敗者には一つの選択肢が与えられる。僕との記憶を失って生き返るか、僕との記憶を抱いたままで死ぬか――すでに三人が選択を終えていた。


 殺し合いの開始に伴って、一人一つ武器が支給されていた。想いの形によるその異能ぶきは〈愛の力〉というらしい。こうして僕が彼女たちの戦いを見届けているのも与えられた〈千里眼〉と〈地獄耳〉によるもので、僕と彼女たち以外に何者も存在しない放課後の学び舎もまた、僕の願いに答えたころしあいをはじめた彼女の異能によるものだろう。

 誰一人として逃げようとすらしなかったのが嬉しい反面、胸が痛い。


 生き残っているのは二人。

 今、最後の戦いが終わりを迎えようとしている。


 決戦の舞台は校舎の屋上に繋がる鉄扉てっぴの前。階段と踊り場を、小さな窓から差し込む夕日が仄暗く照らしている。


 くろがねと火薬の炸裂も今は昔。二つの影が幾度も交差し、つると水溜りの弾ける音は飽きるほどに反響した。弦は人に安らぎを与える楽器ではなく、死を与える弓の弦。水溜りは感傷的な空ではなく、痛みの証として人から降りた血の溜まりだった。


 夕日を背にした銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの少女――胡蝶こちょうが鉄扉の前から弓を射る。踊り場で向かい合う黒髪ツインテールに眼帯の少女――カンナは尻の下に血溜まりを作る。


 胡蝶は雪白せっぱくの肌も弓道着も血痕に汚れている。しかし、カンナは制服もろとも全身を射抜かれて、今や額も矢に穿うがたれていた。


 ふっ、と笑みがあった。

 わらっていたのは穴塗れのカンナだった。


 彼女らしい、僕以外は表情が読めずに不気味と評する不敵な笑み。


「私の、勝ちです」


 カンナがうそぶく。

 チキチキと不穏な音がした。


 カンナが胡蝶の背後に立っていた。屋上に繋がる鉄扉を背にして、カッターナイフの刃を胡蝶に向けている。胡蝶が振り向くより、カンナが大動脈を切り裂く方が早い。


 はずだった。


 大動脈は飛沫を上げず、切っ先が薄皮を裂いて数滴の血を流すに終わる。ルール上、戦いが終わるまでは固く閉ざされているはずの鉄扉が開いたのだ。

 

「やめろ、カンナ!」


 叫びがあった。

 鍵の回る音がした。

 錆を落としながら鉄扉が開き、何者かが現れる。聞き覚えのある声だった。見覚えのある影だった。戦いに制止をかけて息を荒げる人影は、どうやらであるらしい。


 しかし、それは。だって僕は未だ、こうして他人事ひとごとのように戦いの行く末を見ている。


 見届けることだけが今の僕に許されたことで、聞き届けることだけが今の僕の責任だった。


 そして、この局面で現れる僕ではない僕が誰の差し金かなど考えるべくもない。疲れ切った様子で迫る僕を見て、カンナの笑みが揺らぐ。そんな顔をしてくれるのが嬉しくて胸が痛い。


「ああん、来てくれたんですね。ア・オ・ト・セ・ン・パ・イ♡」


 あと一歩で僕ではない僕の手が届く。届いて欲しい。頭の片隅でそう願い、息を飲んだが届かない。


「―—とでもいうと思いましたか?」


 一度止まった切っ先が今度こそ、胡蝶の大動脈を一閃した。人体から湧く源泉に吐き気を催す。胡蝶がぐらりと揺れた頃、僕ではない僕の手がカンナに届く。


 ところで、僕ではない僕は、叫ぶ前にこう呟いていた。


「〈姿〉」


 最初はフルートのような清澄せいちょうな音色の、胡蝶の声で。後ろの方は叫びと同じ、僕の声で。


 カンナもまた、こう呟いていた。

「〈愛する人は、記憶の中ではもっと愛おしい〉」


 刹那、僕ではない僕の動きが制止した。吹雪にも似た煙が全身を覆い、晴れる。僕ではない僕の正体は胡蝶だった。豊かな胸を破るように、大きな穴が開いていた。サファイアのような青い瞳が視線を落とす。穴の向こうで、ピンク色の心臓が動きを止めた。


 こうして、重い愛を用いた殺し合いは幕を閉じた。僕は終始、屋上にぽつんと置かれた学習椅子に縛り付けられて見ているだけだった。何もできなかった。何も変えられなかった。何も、選ぶことすらできなかった。


 僕に涙を流す権利はない。握りしめた手の痛みは他人事ひとごとみたいだ。でも、あまりにも不誠実でカッコ悪い有様に叫ばずにいられなかった。そんな絶叫さえも烏滸おこがましい。


 ――どうして、こんなことになってしまったんだろう。僕はただ、一途で誠実でカッコよく生きたかっただけなのに。

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