いつもの3人

 たまには屋上で食べない?との岡田の誘いで昼休みの屋上へ出た。


「風強くねえ?」


 天気もよく陽気も心地良かったが、まったりするにはいささか強風だった。


「まあいいじゃん」

「いいけどよ」


 できるだけ風を避けるように壁際に身を寄せあって座る。


「江森くんがいないから、せっかくなら二人きりになりたいなと思ったんだよ」

「…おう…」


 岡田のストレートな言葉がくすぐったくて栗山は少し身をよじった。


「江森くん、風邪ひどいのかなぁ」

「よっぽどじゃねえと休まないだろう。這ってでも来そうなぐらい学校好きじゃね?あの子」

「学校っていうか、先生がね」


 今日は元気っ子の竜平が学校を休んでいた。休み時間にメールをしてみたら熱を出してダウンしているとの事だった。いつも栗山と岡田の間には竜平がいるのが当たり前で、不在だととてもおかしな感じがする。二人きりでデートしている時はそれはそれでちゃんと成立するのだけれど、舞台が学校になるだけでなぜか二人しかいない事に違和感を感じる。習慣というのはおかしなものだ。


「そうだ、高槻、あいつの授業ひどかったな」


 先生という言葉に二時間目の生物の授業を思い出し、栗山は鼻息荒く購買パンにかぶりついた。


「あいつなんで自分の失態を俺に八つ当たりすんの?完全に俺攻撃して誤摩化してたよな」


 竜平がいない事に違和感と寂しさを感じているのは高槻も同じらしく、いつも無関心の仮面をかぶっている高槻がうっかりと生きた表情を晒したのだ。といっても高槻に無関心な大半の生徒がそれには気付かなかっただろうが、自覚のある本人はそれを取り繕おうと栗山を利用した。事情もわかっているし、栗山であれば問題ないだろうと判断されたのだろう。

 気持ちはわかるけれど、理不尽だ。というかそもそも高槻と栗山は犬猿の仲だ。気に食わないのはいつもの事。


「江森くんの席を見るとどうしても栗山くんが目に入っちゃうんだろうね」

「俺なんもしてねーのにねちねち説教しやがって」

「日頃の行い、かな」

「っだよ、あの変態ショタ野郎」

「ほら、そういうこと言ってるから」


 岡田はいらだつ栗山をなだめるように、自分の弁当の中から肉を一切れ差し出した。遠慮なくぱくりと食いつくとショウガの風味と甘辛いたれが絶妙で少し感動する。岡田の母は料理上手だ。


(このうまい飯がこのぷにぷにの体を作るわけだな)


 岡田の作戦に乗っかって理不尽への怒りなどすぐに忘れた。もともと言葉ほど不満に思っていたわけでもない。何かというと高槻に突っかかりたくなるのはきっと娘の彼氏に対する父親の嫉妬みたいなものなのだ。


 ふっくらした岡田の頬を指で軽くつまむとそのまま頬を引き寄せてキスをした。岡田の口の中はごはんでいっぱいなので唇に触れるだけだ。


「ちょ、ごはん中にやめ…」


 何事があってもあまり動じない岡田が珍しく慌てた様子で口元を拭った。


(やっぱこいつのツボわかんねー)


 赤くなる岡田の顔を眺めながら栗山は珍しい反応をさせた満足感を噛み締める。


「二人きりなのもいいな」

「やりたい放題だなとか思ってんでしょ。駄目だよ、学校なんだから」


 栗山の考えを読んだ岡田はまだ少し動揺を引きずったままの目で栗山を制する。


「ちぇっ。だったらやっぱ江森ちゃんがいるのがいいな。我慢すんの辛いわ」


 多分竜平がいる事で気持ちが恋人モードから親友モードに自然に切り替わるのだ。二人は恋人であるけれど、その前に三人で親友なのだ。竜平の前で二人でいちゃつくなんていう事はしないし、恋人になる前と後とで三人の関係に変化は何もない。無理してそうしているわけでもなんでもなくて、それが自然なのだ。栗山だけでなく、岡田も竜平もきっと同じように思っているはずだ。


「そもそも江森ちゃんがいなかったら俺とお前は友達にすらなってなかったかもな」

「そうだね。僕は一人で勝手に栗山くんに憧れてて、栗山くんは女の子と遊びまくってるんだろうね」

「えー、なんか俺だけ悪い感じじゃん」

「だってそんな感じでしょ?」


 悪びれもせず断言する岡田に返す言葉がない。体型だけでなく性格も丸くおっとりした岡田であるが、物事の核心を捉える事に長けているので時折絶大な攻撃力を放つ時がある。そんな刺激も実をいうと病みつきになる大きな要員の一つになっている。


「お前の魅力に気がつけたのも江森ちゃんのおかげってことか」

「ノーマルに生きてた方が幸せだったかもよ?」

「ばーか、もともと普通とは縁遠いんだよ」


 力任せに肩を抱き、ごつんと頭をぶつける。


「痛い」

「手加減しなくていいからよ、男は楽だな」

「それはよかった。でもちょっとは手加減して」


 左手で頭をさすりながら岡田は着実に食べ進めていた弁当の最後の一口を頬張った。マイペース過ぎてダメージがあるのかないのかよくわからない。


 栗山は岡田が片付けた弁当箱を勝手にその膝の上から退けると、代わりに自分の頭を岡田の膝の上に乗っけた。同じ男の足とは思えない膝枕の心地良い弾力に満足しつつ、よく晴れた空を眺める。すごい早さで雲が流れていた。


「なあ、帰り江森ちゃんの見舞いにいこうぜ」

「いいけど、迷惑じゃないかなあ」

「ちょっと顔見るだけだよ。ああ、俺、高槻に伝言ないか聞いてこようかな」

「栗山くん、ほんと意地悪だよね。先生が行けないのわかっててそういうこと言う?」

「何言ってんだ、親切心だろ?」

「嘘ばっかり」


 たまにはこんなふうに二人でのんびりするのもいい。

 だけどやっぱり竜平がいないと寂しいのも確かだ。


「いてもいなくても江森ちゃんの話ばっかりだな、俺ら」


 なんとなく呟いた独り言に、岡田は「子はかすがいってやつかな」と言ってくすりと笑った。


 強風に乱れた栗山の髪を岡田の温かい手が撫でていく。

 栗山は目を閉じた。



<終>

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