それでも君は僕のもの

 デートっぽいデートを初めてした。

 珍しくちょっと照れたような顔をした栗山が、休みの日に二人で出かけようと岡田を誘ったのだ。

 いつもは学校帰りに少し寄り道をしたり、お互いの家に遊びにいったりするぐらいで、休みの日に街に繰り出して遊ぶなんていうのはつき合いだしてから初めての事だった。


 女の子とのデートに慣れている栗山は、普通によくあるデートコースを選ぶ。映画を見てごはんを食べてショッピングをして、さりげなくお揃いのものを買ってくれたり、岡田が男だという事を忘れているんじゃないかと思うぐらい普通の男女のデートみたいだ。

 女扱いをされているわけではないけれど、恋人扱いされている事を実感する。

 ときめくと同時に、こんな事を昼中から堂々と男同士でしていていいのだろうかと少し後ろめたくもなる。

 他人から見ればきっとデートになんか見えるはずもなく、別段おかしな事をしているわけではないのだけれど、デートだと思って受け取るとそれはもう甘く爽やかなデート以外の何ものでもないのだ。


 そんなデートももう終盤、夕暮れ時の噴水の縁に並んで腰を下ろし、ペットボトルを手に名残を惜しんでいた。


「栗山くんのエスコートはなんていうか、完璧だね」


 今日一日を振り返って岡田がそんな感想を述べれば栗山は、

「おまえがそんな他人行儀な呼び方をしなければ完璧だな」

と意地悪くにやりと笑う。


 未だに下の名前でなんて呼べた事がない。岡田の事を完璧に恋人扱いしてくれる栗山とは大違いだ。正直、誰かとおつきあいをするのは初めてだし、恋人同士どう接していくのが普通なのかなんてわかるわけもなく。


「だって、なんか今更恥ずかしくて」

「いいけどな。お前のそういう丁寧なところは嫌いじゃない。律儀っつーか、マイペースっつーか、その独特な雰囲気が好きだよ」


 本当に栗山は男前だと、恋人になってあらためて思う。いいかげんそうに見えるけれど、本当はとても誠実なのだと思う。いや、事実いいかげんな面も多々あるのだが、自分が決めた相手には気遣いがすごいのだ。少しの不安も不満も感じさせない。もし感じさせてしまったのならば全力でフォローする。そういう部分が徹底している。心底大事にする。

 甘い言葉も照れる事なく囁くし、甘い雰囲気に持っていくのも上手で、女の子にはさぞかしモテるのだろうと思う。一度こんな風にされたら忘れられないに違いない。

 実際。


「たくさんの女の子に声かけられたね」


 街を少し歩くだけで、いろんな子が栗山を呼び止める。

 つき合った相手が一体どれだけいるのだろうかと唖然とする。一人とつき合う期間が短いのか、それとも同時に何人もの相手をしているのか、さすがの岡田も少し不安になるぐらいだ。

 女の子たちは、久しぶりね、何してるの、また遊んでねとみんなが同じようなことを言う。

 つまり、あちらにはまだ未練があるという事だ。「また」を期待しているのだ。


「あー、俺、顔広いから」


 少しばつが悪そうに、栗山は頭をかいた。岡田自身はべつに嫌みのつもりで言ったわけではなかったけれど、デート中に元カノに話しかけられるという事態を栗山は失態だと思っているらしい。まあ、普通に考えたらあり得ないことなのかもしれない。


「一緒にいるのが僕だからみんな普通に声かけてくるのかな」


 デート中だなんて誰も思わないに違いない。女性と歩いているところに声をかけるのは後ろめたさがあるかもしれないが、男友達ならばそんな気遣いも必要ない。そういうことなのだろう。


「いや、まあ…」


 珍しく栗山は少し口を濁す。岡田が男である事に負い目を感じているとでも思ったのだろうか。


「でもそうとも限らないぞ。女といてもそういうことはあったしな」


 男だからなんていう事は気にしなくてもいいのだと、そう言いたいのだという事はわかる。けれど、そうして何やら墓穴を掘っているようにも見える栗山がとても愛らしく思えて思わず吹き出した。ただ岡田は純粋に疑問に思っただけで、別に慰める必要なんてないのに、それでも自分を思って言葉を選んでくれる事が嬉しかった。


「それは栗山くん、二股かけた上での修羅場とかなんじゃないの?」

「ま、まあそういうこともあったりなかったりだが、昔の女がってのもあるぞ?女ってのはそういう生き物だ。自分の存在を主張したいんだよ」


 実際女性がどんな生き物なのかなんて岡田にはわからないし、栗山がこれまでどんな付き合いをしてきたのかもわからないけれど、なんとなくものすごい壮絶な修羅場を想像したらおかしかった。昼メロの世界だ。

 自分の事もいつかこんな風に笑い話の過去になるのかもしれないと、そんな不安も全くないといえば嘘になるが、栗山の心配をよそに岡田の心は案外穏やかだった。愛されている者の余裕なのかもしれない。


「みんな栗山くんの事好きなんだよね。栗山くんはほんといい男だよ」


 嫌みでも揶揄でもなく、本当にそう思う。

 恋人であり友達でもあり、存分に彼に愛される自分を幸せ者だと思う。


「だけどほら、岡田が男なおかげで修羅場は回避できたわけだし、男だから悪いってわけでもないだろ?…いや、違うわ、ごめん、岡田が我慢してくれたんだよな」


 ほら、こういう気遣いが、たまらない。

 たくさんの女の子たちと同じように、中毒みたいに惹かれていく。


「ううん。だって、どれだけの女の人が言い寄ってきたって、栗山くんは僕のものだから。むしろなみいる女性に勝った優越感を感じたぐらいだよ」


 にっこりと笑えば栗山はあいた右手で顔を覆ってしばらくフリーズしてから、ペットボトルのコーラを流し込んだ。


「おまえってすげえな」


 呟いた栗山は、往来であるにも関わらず、すっと身を寄せてごく自然に岡田の唇を奪った。


「なんかもう、我慢できねえわ」


 いたずらっ子みたいに悪びれもなく笑う。

 他人が気に留めないぐらい一瞬の事だったが、岡田の心の中は大パニックだ。まさか男同士の自分たちが人前でそんな事、心の準備とかそんなもの用意しているわけもない。キスをする事自体は最近ではだいぶ慣れたけれど、外でするのはあまりにもハードルが高すぎる。


「…いや、すごいのは栗山くんだよ」


 驚いたのとか恥ずかしいのとかいろんな思いが我を忘れて胸の内を飛び回る中、なんとか冷静になろうとする理性がそんな言葉を紡ぐ。


「うん、岡田でもそういう顔するんだな。耳まで真っ赤で可愛いよ」


 とても満足そうな顔をした栗山に、自分は一体どんな顔をしているのかとさらに焦る。


「…びっくりするじゃないか…」


 8分目ぐらいまで入っていたペットボトルのお茶を一気に飲み干してもまだ喉がからからになっている気がする。


「またデートしような」


 立ち上がった栗山は優しく岡田の頭をなでる。


「さ、今日は帰るか」

「やだ。栗山くんち行く」


 栗山の甘い雰囲気についわがままを言いたくなる。

 冗談のつもりだったけれど、栗山は笑って手を差し出した。


「行くか」


 日常から離れてデートをするとこんなにも甘くなるのものなのか。

 どこまでも恋人扱いが完璧な栗山に昨日まで以上に惚れ込んでいく自分を感じた。





 できればいつまでも、彼が僕のものであるといい。

 君は僕のものでしょと、言い続けたい。



<終>

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