ものいう花 ものいわぬ花2

 学校の敷地の外れに、隠れ家のような小さな草地がある。

 学校の喧噪から切り離され静かなそこは、日当たりもよく絶好のひなたぼっこスペースでもあった。

 今の時期は少し太陽がきつすぎるが、一本だけある大きな木の影に入ればそれなりに快適に過ごせる。

 もともとは栗山が授業をさぼる最適の場所として開拓した場所であったが、いつの間にか三人の良き昼食場所として定着していた。

 けれど今日は岡田と栗山二人きりだ。

 どんなタイミングなのか知らないが、時々竜平は弁当を持って生物準備室に行ってしまうのだ。

 今日もまた、いちゃいちゃとしているのだろうか。

 購買で買ったパンにかぶりつきながら、栗山は昨日見てしまった光景を思い出す。


「俺はさ、女の子のがいいと思うんだけどな」


 思わずぼそっと感想を述べると、岡田は弁当をつつく手を止めて栗山を見た。


「いや、別にいいんだけどな」


 なんとなく、非難するような目で見られた気がして、栗山は慌てて取り繕う。

 竜平の趣味をどうこう言うつもりはないのだ。ただ個人的にはそう思うというだけの話だ。


「だってよ、女の子の方がやわらかくて可愛くて気持ち良くて、おまけにいい匂いがするじゃん」


 言い訳するように呟くと、最後の一口のパンをジュースで流し込み、いつも美味しそうな岡田の弁当をチラ見した。いい匂いがする。


「…んー、でもさ」


 まだ半分ぐらい残っている弁当をのんびりと口に運びながら岡田が言う。


「人を好きになるのって理屈じゃないから、ある意味自分の意志じゃどうすることもできないと思うんだよね」


 岡田はだいぶ竜平に肩入れする方向の意見らしい。しかも、思いがけない深い意見で、栗山は驚いた。

 もしかしたら、岡田にもそんな経験があるのだろうか。

 理性ではどうにもならない思いを抱いたことが。


「まあ…そうなんだけどさ」


 そんな熱い感情をたぎらせる岡田の姿というのは想像がつかない。

 けれど、岡田にだって恋愛経験のひとつやふたつあるのだろう。

 栗山だって、岡田や竜平相手にそんな話をすることは滅多にないけれど、女性相手の経験は多々ある。

 もちろん性格の差はかなりあるけれど、同じ年の男なのだから、さほどかけ離れてはいないだろう。

 そう思えばまったくおかしい話ではないのだが、どうにもそこの所が引っ掛かった。

 岡田は、どんな相手に恋するのだろう。

 どんなふうに想うのだろう。


「それに、男の人でももしかしたらやわらかくて気持ち良いかもしれないよ?」


 斬新な岡田の意見に、栗山はあんぐりと口をあけた。

 そんなこと、考えたこともなかった。


(何言ってんだ、こいつは)


 前々から変わった奴だとは思っていたが、栗山には想像もつかない発想をする。

 何を思ってそんなことを言うのだろう。

 思考回路というものが目に見えるのならば、一度覗き見てみたい。

 ぽかんとしている栗山の目の前に、箸でつまんだ肉団子が差し出された。


「はい、あーん」


 岡田が分けてくれるらしい旨そうなそれを、栗山はぱくりと食べる。

 食いてぇ、と思っていたのが伝わってしまったのだろうか。

 栗山は岡田のことを全く理解出来ていないようだが、岡田の方は案外栗山の心がわかっているらしい。

 少し、ムカつく。

 そんな栗山の思いを知ってか知らずか、岡田はにっこりと笑う。


「目は口ほどに物を言うらしいよ?」

「お前の目は細くてわかんねーし」


 悔し紛れにそんな事を言ってみたが、変わらずにっこり笑ったままの岡田の顔からは何も読み取れなかった。





 その夜。

 栗山は風呂上がりに父親の缶ビールを勝手に拝借して、ベッドの上でひとり寛いでいた。

 裸の上半身に、窓から入る夜風が心地よかった。


(男でもやわらかい…かぁ)


 不意に昼間の岡田の言葉が思い起こされる。


(ああ、でも、岡田のほっぺはやわらかいかも)


 ぷにっと丸い岡田の顔を思い出し、そしてその感触を想像した。

 筋肉質の栗山と違って、ぽっちゃり系の岡田は脂肪が多くてやわらかいのかもしれない。


(なんだよ、おい、僕はやわらかいですよってアピールか!?)


 なぜだか急に恥ずかしい気分になって、栗山は残りのビールを一気にあおった。

 空になった缶を床に転がし、肩にかけたままだったタオルで頭を覆ってベッドに突っ伏す。

 岡田の頬の感触が実際どんなものなのか、気になって気になって仕方がなかった。

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