モノシリーズ外伝

月之 雫

[栗山×岡田]

ものいう花 ものいわぬ花1

 高校に入学して初めての夏休みまであと少しの7月。

 栗山は暑さにだれて何をする気も起こらないというのに、親友の竜平は朝からそれはもう元気だった。

 近所のおばさんにもらったという花の種が入った小さな袋を自慢げに栗山と岡田に見せびらかし、先生と一緒に植えるんだと浮き足立っていた。

 植物を育てることの何が面白いのか栗山にはまったくわからなかったが、それは個人の趣味であり、どうこう言うつもりはない。

 そもそも、栗山和俊くりやまかずとし岡田則史おかだのりふみ江森竜平えもりりゅうへいの三人がつるんでいること自体が謎なのだ。

 性格も趣味も何一つとして共通点はない。

 ただ一緒にいて楽しいから一緒にいる。それ以外には何もない。

 共通の何かなんて別に必要無い。

 むしろ違っているからこそ楽しいこともたくさんある。

 だから自分達はこれでいいのだと思っている。

 楽しさは理解出来なくとも、友達が楽しそうにしているのは気分がいいものだ。




 帰りのホームルームが終わり、担任が教室を出ていくタイミングとほぼ同時に竜平は上機嫌で栗山と岡田に手を振った。


「じゃあ、俺、部活行くね」


 よほどウキウキなのだろう、竜平はすれ違うクラスの女子にまでご機嫌で手を振ると、あっという間に教室の外へ消えていった。

 席替えをして一人だけ後方の席に離れてしまった栗山は、鞄を片手に岡田の席に近寄る。

 と、岡田の斜め前にある竜平の席の足元に、見覚えのある小さな袋が落ちているのを発見した。


「あ?これ…」


 栗山が拾い上げたそれを見た岡田は、あーあと小さく呟いた。

 竜平が大事そうに持っていた花の種だ。


「あんなに張り切って『種まくんだーっ』て言ってたのに、バカだなあ、江森ちゃん」

「よっぽど早く先生に会いたかったんだね」


 微笑ましそうに笑いながら岡田が言った言葉に、俺は少し驚いた。

 栗山は純粋に種蒔きが楽しいのかと思っていたのだが、岡田の見解は違うらしい。


「種なんてただの口実でしょ?」


 岡田はさも当たり前のように言った。

 そんなもんかな、と栗山は思う。

 正直、あんなむさ苦しいショタコンオヤジのどこがいいのか栗山には全く理解出来ない。

 たとえ相手が可愛い女の子であっても、栗山はあんな風に真直ぐ突っ走る気にはならないだろう。

 性格の違いと言ってしまえばそれだけであるが、栗山はいまだかつて、一分一秒を惜しんで会いたいだなんて、そんな気持ちになったことがなかった。

 恋人はたくさんいたが、適当に遊べればそれでいい感じだった。


(こいつは、どうなんだろう…)


 岡田をちらりと見た。

 いつだってにこにこと笑っていて、けれど何を考えているのかわからない節がある。常に温厚で、感情に動かされる様をあまり目にしたことがない。どんな思いでいるのか、全く読み取れない。

 単純な栗山や竜平と違って、案外曲者かもしれない。


「んじゃ、こいつ、どうする?」


 ぽつんと取り残された花の種が妙に可哀想に見えてきた。


「どうせ下までおりるんだから、持っていってあげようか。ただの口実でも、これがなきゃ江森君カッコつかないからね」

「それもそうだな」


 帰り支度をして岡田と二人、肩を並べて教室を出た。





 一階まで降りて、生物室のある隣の校舎に移動する。

 一年生の教室が並ぶ向こうの校舎と違って、こちらはずいぶん静かだった。

 長い廊下を歩いて校舎の一番端まで行き、生物室の隣にある小さな生物準備室の前に辿り着くと、栗山はノックもせずに勢いよくそのドアを開け放った。


「おーい。江森ちゃん忘れ物届けに…」


 中の様子が目に飛び込んできた途端、栗山は言葉を失った。

 椅子に腰掛けた生物教師高槻たかつきの膝の上に座った竜平が、高槻の首に両腕をまわし、濃厚にキスをしている最中だったのだ。

 栗山たちの乱入に気付いた竜平は慌てて体を離し、ごめん、とか何とか言っていたが、栗山はそのままぴしゃりとドアを閉めた。

 竜平と高槻が付き合っていることはもちろん前から知っている。けれど、いまいち実感がなかった。男を好きになるというその心情が理解出来なかったし、口ではふざけてどうこう言うわりに現実として男同士の濡れ場というものを考えたことがなかった。

 それを今、目の当たりにし、津波のように一気に押し寄せる現実に、戸惑っていた。

 これが男女であったならばべつになんてことないのだ。そんなに純情に育ってきてはいない。

 男同士であり、そして親友である現実感が、ショックだった。


「栗山君?」


 その姿勢のまま動こうとしない栗山を、心配そうに岡田が覗き込む。


「届け物は、今日はやめておこうか。ね?」

「お…おお。そうだな」


 左手に握ったままの種の小袋を、くしゃっとズボンのポケットに押し込んだ。

 こんな時でも一切動揺しない岡田の大物っぷりが、妙に栗山を安心させた。

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