モノカルチャー

「ねえ、先生」


 休日、珍しく外でデート中のことだ。竜平は一歩前を歩いている高槻のリズミカルに揺れる手を見ていた。


「手、つないじゃだめ?」


 男同士ということも、教師と生徒という関係性も、普通の恋人たちには当たり前の行動を制限する。一緒に外に出かけることも少ないというのに、人前でいちゃつくなどということは到底あり得ない話だった。ましてや高槻のあの性格である。駄目だと言われることは覚悟の上で、でも主張だけしてみる。


「今の先生を見たって誰もうちの学校の高槻先生だとは気付かないしさ」


 学校仕様の野暮ったい眼鏡を外し、顔を隠す長い前髪は上げて整えられ、まるで別人の高槻。こちらが素であるが、お忍びデートをするために変装したようにも思えてしまう変貌ぶりだ。


「俺も今日、若干いつもより子供っぽい服をチョイスしちゃったから、親子かなみたいなごまかしもきくかもよ?」


 高槻は小さく息を吐いて足を止め、竜平の頭をぐしゃりとかき回す。


「おまえね、へこむぐらいなら自分でそういうこと言うな」

「あれ、なんでばれちゃった?」


 親子といってしまうには少々高槻の年が若すぎるけれど、そんな苦しい言い訳があながち許されないこともないかもしれないと思えてしまう自分の幼さがいつだって竜平のコンプレックスなのだ。自分で言っておきながら親子という単語がものすごく胸に突き刺さっていることにあっさり気付かれてしまった。

 でも、それでも手を繋いで歩けたら、そんな心の傷は屁でもない。不本意な子供扱いなんて、もう慣れまくっている。


「だからね、手、ダメ?」

「ダーメ」

「ちぇっ」


 交渉決裂。二人はまた歩き出す。先ほどと同じように一歩遅れる竜平に、高槻は一歩下がって隣に並んだ。もちろん手はつながないけれど。


「そういうことを言うなら、まずその先生って呼ぶのをやめた方がいいんじゃないかな。その一言で俺たちの関係は誰がどう見たって教師と生徒だ」

「あ、そっか。それは目から鱗だ」


 竜平は心の底から驚いた。気付いてしまえばあまりにも滑稽であるが、先生と呼ぶのが当たり前になりすぎていて失念していた。それ以外の呼び方なんて考えられない。


「え、じゃあ、なんて?」

「普通に名前で呼べばいい」

「…ひ、宏斗?あー、やばい、先生、これ、なんかすごい恥ずかしい」


 竜平は両手で顔を覆って悶える。


「でもおまえ、やっぱり先生って言ってるし…」

「だってなんかもう癖なんだよね」


 言われてみれば恋人相手にいつまでも先生と呼ぶのはいかがなものかと思わないでもないが、急に呼び方を変えるというのはなかなか難しく、そしてとんでもなく照れくさいものだ。このままいくと卒業したって先生と呼び続けそうな気がする。


「俺はいいけどね。竜平に先生って呼ばれるの好きだし。だから外で手はつながないよ」

「いじわるっ!」

「でも竜平に名前で呼ばれるのは新鮮で良かったよ。またそのうち気が向いたら呼んで」

「嫌だねっ」


 子供っぽく舌を出した竜平を慈しむような目で見つめて嬉しそうに笑った高槻は、一瞬だけ恋人が肩を抱くような仕草で、足を止めた竜平を促すように背中を押した。

 手はつなげなくたって、幸せだからいい。

 そう自分を納得させて、竜平は高槻を追い越して駆け出した。

 こうして一緒にいられることが、きっと一番大切なことなのだ。



<終>

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