物は言いよう
急な訪問にも関わらず、いつものニコニコ顔を崩すことなく竜平を迎えてくれた岡田のあとについて、何度か訪れたことのある岡田の部屋に入った。
「あ、栗山来てたんだ。ごめんね、俺、邪魔だった?」
岡田の部屋の中でくつろいで座っている派手な男を発見し、そんなことを言ったけれど、だからといって遠慮するつもりなんて毛頭ない。彼らが恋人同士である前に、三人は親友なのだ。
「江森ちゃんなら大歓迎だ。まあ、座れよ」
招かれるままに栗山の隣に腰を下ろすと、来る途中にコンビニで買ってきた手土産代わりのポテチを机の上で広げた。
「なに、高槻と喧嘩したんだって?」
訪れる前に岡田に電話をした内容は既に栗山にも伝わっているらしい。
「なんでもぶちまけていきな。聞いてやる」
ケケケと栗山は嬉しそうに笑ったが、これでも真剣に話を聞いてやろうという姿勢なのだということはもう経験上わかっている。栗山というのはそういうやつだ。
「喧嘩っていうほどでもなくて、俺が一方的に怒ってるだけなんだけどさ」
「珍しいよね、江森君が先生に腹を立てるなんて」
竜平の分のお茶をコップに注いでくれながら、岡田は怒りがそがれるほどのほほんとした調子で、それでも真剣に話を聞いてくれる。
「俺から見りゃ腹立つこと満載だけどな。あいつのうじうじしたところとかぶん殴ってやりたくなるわ」
まだ内容をこれっぽっちも話していないにもかかわらず、竜平を怒らせたという時点できっと栗山にとってはアウトなのだろう。いきなりエキサイトする彼を岡田が目線だけなだめる。
「で、なにがあったの?」
「もうじき俺誕生日なんだ。そんな話をしててさ、先生が何歳になるんだっけって聞くから16になるって答えるでしょ。そしたら先生『もう!?』ってびっくりすんの。俺のこともっと子供だと思ってたんだと思ったらムカついて、帰ってきちゃった」
竜平は怒り心頭で一息に話し終えると、ポテチを口に放り込んだ。
「…って、それだけ?」
岡田はきょとんとして竜平を見る。いつだって穏やかな岡田は、きっとそんな些細なことで腹を立てたりはしないのだ。
「見た目の年齢のことは俺も岡田も人のことは言えねえけどよ、まあ江森ちゃんは到底16には見えないからな、真っ当な反応だと思うぜ?」
「そんなことはわかってるけどさぁ」
栗山にはぐりぐりと頭をなでられ、来るとこ間違ったかなと少し思う。
けれど、話を聞いてもらえればそれで気が晴れるものなのだ。
事情を知る友達なんてこの二人以外にいないので、どのみち選択肢もないのだが。
「俺の見た目はさておきだよ、俺が先生との年の差気にしてんの知ってるくせにそれはないでしょって話。誰に子供扱いされたっていいけどさ、先生にだけはされたくないってこの男心、わかる?」
「つか、まあ、江森ちゃん誰に子供扱いされても怒るけどよ。いんじゃね?あいつショタだし。むしろ『16才!?俺のストライクゾーンからはずれちゃった!?』みたいな驚きだったりすんじゃねえの?」
「そんなわけないじゃん。だから別にショタじゃないし。前の恋人、先生と同い年だもん」
「マジで!?」
栗山はその事実がこれまでで一番ショックだったようで、しばし口を噤んだ。喧嘩の内容でそれぐらいの反応をしてくれよと思いつつ、その栗山らしさに苦笑する。
「最初っから違うって言ってるじゃん。なんでそこまでかたくなに信じ込んでるかなぁ。まあ、実年齢よりもずっと若く見える人だったのは確かだけどさ」
「あれ、江森君、意外と波乱に満ちた恋愛してる?」
「そうでもないけど」
いつの間にかだいぶ話がそれたなと思いながら、それでも別にいいやと思う。
友達というのはありがたい。こうして話をしているだけでどんどん心がいつも通りに落ち着いていく。
栗山との会話はくだらなくていつの間にか笑ってしまうし、岡田との会話はまったりと癒された気分になる。ちっぽけな怒りなんてすぐに忘れてしまうだろう。
竜平は両手を上げてうーんと伸びをすると、絨毯の上にごろんと仰向けに寝転がった。
すると。
「うわっ」
開いた窓の向こうで見知らぬお兄さんがにこやかに手を振っていた。
「え?なに?」
「また出やがった」
栗山が苦い顔で睨みつけている。
「今日はずいぶんかわいらしいお友達だ。でも同級生なんだよね、その制服」
馴れ馴れしい様子で話しかけてくるド派手なお兄さんは、向かいの家の窓からひょいっとこちらに飛び移って勝手に岡田の部屋に入ってくる。
「ごめんね、江森君。うちの隣のおかしな人なんだけど、あんまり気にしないで」
「いや、まあ、家主がいいのなら別に俺はいいんだけど…」
栗山の反応からして、わりとよくある光景なのだろう。
竜平は起き上がって彼のためのスペースを空けるために少し身をずらしたが、ここまで来たくせに輪の中に入るつもりはないらしく窓際でしゃがみ込んでニコニコとこちらを眺めていた。変な人だ。
しばらくそうして妙な空気が流れ、会話も途切れてしまったが、それを心苦しく思ったのか珍入者はわざとらしく咳払いを一つ。そしてそろりと手を挙げた。
「あのさ、大人の意見を一つ、言ってもいい?」
正直大人だとは言いがたい行動の彼だが、年齢的にはだいぶ大人なのかもしれない。見た感じ、高槻よりは少し若いぐらいだろうか。
隣で栗山が険しい表情で睨みをきかせていたけれど、竜平は話を聞いてみたいと思って頷いた。
「それってさ、子供扱いされたわけじゃなくてむしろ逆に子供じゃないって認識をされたんじゃないかな。年の差はいつまでたっても埋められないけどさ、二十歳すぎたら一緒みたいな感覚ってあるわけ。16っつったら20まであと少しな感じすんじゃん?大人から見たらそんな感覚よ?ねえ、ちょっと、ノリ君、俺今いいこと言ってない?」
最後のそれが余分だと思うのだけれど、そういう考え方もあるのかと、ちょっとびっくりした。いつも幼い幼いと言われ、卑屈になってしまっているのかもしれない。
「でも、普段子供だと思ってるからってことには変わりないでしょ?」
「それは実際子供なんだから仕方ないじゃん。うーん、じゃあ、それが君じゃなくてノリ君だった場合でも一緒って言えばわかる?実年齢より大人っぽいとか子供っぽいとか関係なくて、年下の認識がある奴の年齢を聞いて、おっと思うことは普通にあるんだよ。たいがいはそれを身近に感じたり、逆に自分が年くったなってへこんだりそっち方面の感覚だな。だからその怒りは先生がかわいそうだと俺は思うんだな。ってかさ、なに?学校の先生とつき合ってんの?うわ~、漫画の世界だわ。実際あるもんなんだねぇ」
だから最後のそれが余分なんだけど、と、興味津々な顔で鬱陶しく食いついてくる彼に心の中で突っ込みを入れる。
「うぜえよ、おっさん。とっとと帰れ」
とうとう我慢ならず罵声を浴びせる栗山。
「なんでよ、俺今日いいこと言ったよ?ねえ、ぼく?」
なんかいろいろ悔しい部分もあるような気がするのだけれど、たしかにいいことを言ってもらった。竜平の怒りは高槻にしてみたら理不尽なものだったかもしれない。
そう思ったらいてもたってもいられずに、すぐさま携帯を取り出した。
高槻への電話はたった一回のコールでつながる。
『竜平?』
らしくもない焦った声音に思わず口元が緩んでしまう。
「先生、許してあげるから今すぐ迎えにきて」
『どこ?』
「岡田ん家。岡田と栗山に先生のこと超愚痴ったからね」
『…わかった、すぐ行く』
電話口の苦笑を感じ取り、満足した。これで許してやろう。
高槻が学校からここに来るまで少し時間はかかるだろうけれど、竜平はすぐに立ち上がる。
「俺、帰るね。ありがと、岡田」
「うん、またいつでも来て」
「可愛い顔して案外小悪魔なんだね。さすが教師を落とせるだけあるわ」
飛び出していく背中に隣のお兄さんのそんな呟きが聞こえた。お礼を言いそびれたなと一瞬後悔した自分が馬鹿らしくなる。悪い人ではないけれど、一言多い。
外は少し薄暗くなりかけていた。
岡田の家の前でそわそわしながら高槻を待ちわびる。
今頃、名簿で岡田の住所を確認していたりするのだろうか。
走ってくるか、それとも車で来るか。
そんな想像をしていたら楽しくて、怒っていたことなんてすっかり忘れてしまっていた。
早く先生に会いたい。
だって、どんなに腹の立つことがあったって、先生のことが好きなんだ。
<終>
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