太陽の下、雲の上

 照りつける太陽の日差しの中、乾いた花壇に水をやる高槻の横にしゃがみこんだ竜平は、本日何度目かのため息をついた。

 ここ数日、どうも様子がおかしい。

 夏休みまで後三日。ほかの生徒たちは皆早くも浮かれているというのに。

 俯いて地面を見つめる竜平が、まるでこの強すぎる太陽光線を浴びて元気をなくした花のようで、高槻はついでとばかりにこのしおれた頭にじょうろの水を振りかけた。


「つめてっ」


 弾かれたようにこちらを見上げる竜平は普段通りの明るい表情で、やはり水が足りなかったのだろうかと本気で考える。


「もっとかけたらもっと元気になるか?」

「風邪ひくっての」


 竜平は、これ以上かけられてはたまらないと思ったのか、立ち上がって髪についた水滴を振り払った。


「元気がなかったから、つい」


 高槻は白衣のポケットからハンカチを取り出す。


「気持ち良かったからいいけどさ。俺、花と一緒?」

「どちらも俺にとっては大切で愛でるべきものだな」

「ちぇっ」


 ハンカチを受け取る気のない竜平の、頬についた雫を拭ってやった。


「元気のない花には水をやればいいが、元気のない竜平には何が必要かな」

「俺、元気ない?」

「ああ、先週ぐらいから、日を追うごとに元気がなくなってる」


 じっと竜平を見つめたが、すぐに返事が返ってくる様子はない。

 高槻は、水やりを終えたじょうろを片づけ、竜平を促して生物準備室に戻った。

 高槻の後ろについてゆっくりと部屋に入ってきた竜平は、拗ねたような顔をして

「だって、もうすぐ夏休みじゃん」

と呟いた。


「学校休みだと、先生に会えないもん」

「それで沈んでたのか?」


 手を取り引き寄せた竜平を、高槻は膝の上に座らせる。

 後ろから抱きしめるように回した手を、竜平の開襟シャツの胸ポケットに滑り込ませ、携帯電話を取り出した。


「あ、何?」


 竜平が戸惑っている間に、携帯を勝手に操作する。


「見られて困るものでも入ってる?」


 意地悪く笑うと竜平は焦ったように否定する。

 入っていたとしても、そんなところをチェックするつもりはないけれど。


「はい、俺の番号。会いたくなったらいつでもかけておいで」

「え?ほんと?」


 携帯を受け取った竜平は、驚きのあまり高槻の膝から転がり落ちた。

 そんなに意外だっただろうか。

 秘密にしているつもりはないが、教師として接することが多いからかプライベートが見えにくい部分はあるかもしれない。

 助け起こそうと手を伸ばした先には、転がったまま携帯を抱きしめて笑っている竜平がいた。


「ねえ、本当にいつでもかけていいの?俺、いつでも先生に会いたいから、すんごいかけるよ?」

「通話料がもったいないから少しは我慢しなさい。親のすねかじってるうちは」

「じゃあ、鳴らしてすぐ切るから会いにきてよ」

「いいよ」


 こんなに嬉しそうな竜平の顔が見られるならば。

 いつだって、会いにいく。


「会えなくて寂しいのは俺も同じだ」


 床に転がったままじたばたと全身で喜びを表現している竜平を引き上げ、くしゃくしゃと頭を撫でた。

 先程かけた水は、もう乾いている。

 暑い暑い夏休みがもうすぐ始まる。



<終>

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