大切なもの

 昼休み、竜平は売店で買ったパン持参で生物準備室を訪れた。

 先生と生徒という立場上、いつもというわけにはいかないのだが、こうしてたまに一緒に昼食をとることがある。


「ねえ、先生。その魚ちょっとちょうだい?」


 売店で買ってきたジャムパンを頬張りつつ、竜平は高槻の弁当を覗き込む。

 高槻の昼食は、先生たちがみんなでとる仕出しの日替わり弁当で、美味しそうなおかずが多品目並んでいる。


「なんだ、竜平はまたジャムパンなのか?」


 高槻はため息まじりに言いながら、ほぐした魚を一口、竜平の口の中に放り込んだ。


「ジャムパン好きなんだもん」


 魚の塩気が、甘くなった口の中を気持ち良く刺激する。


「しかも組み合わせがクリームパンってさあ…」


 想像しただけで胸焼けがするねとぼやきながら、高槻は煮物のにんじんも竜平の口の中に入れた。

 いつもはさすがに一つはコロッケパンとかそんなのにするのだけれど、ここへくるとこうして高槻がおかずを分けてくれるので、遠慮なく菓子パンが買える。

 いや、正直いうと、こうして食べさせてもらいたいがためにわざと栄養がなさそうなパンを選んでいるところもある。


「俺の飯、なくなるんだけど」


 文句を言いつつも、高槻はあれこれと竜平に食べさせてくれる。


「じゃあ、かわりに俺のパン食べる?」

「いらない」


 甘いものが嫌いというわけではないようだが、ジャムパンはあまり好きではないらしい。


「なんだよ、美味しいのに…」

「美味しいのなら、竜平が食べればいい」


 優しく微笑まれて何となくごまかされてしまうが、今度改めてジャムパンの何がいけないのか聞いてみようと竜平は心の中で誓った。


 茶色い弁当箱の蓋をした高槻は、白衣のポケットに手を入れる。

 食後の一服をするのがいつものパターンだ。

 しかし、ポケットから出た高槻の手の中に煙草はなかった。


「…忘れた…」

「どこに?」

「家だと思うけど」

「今日一度も吸ってないの?」

「ああ、朝遅刻すれすれで、吸う暇なかったんだよね。午前中、ずっと授業入ってたし」


 きっと昼を楽しみにしていたのだろう。がっくりと肩を落とした背中がとんでもなく寂しそうだった。

 学校の中では当然買うこともできない。


「そんな大事なもの、忘れちゃ駄目だよ」


 竜平はもちろん煙草は吸わないので、それがないとどんな風なのかわからないけれど、中毒性があるようだし、辛いものなのだろう。

 頭を抱えた高槻は、やがて竜平を引き寄せ、濃厚に口付ける。


「だめだな、煙草がないと口が寂しくて仕方がない」

「なんだよ、俺は煙草の代わり?」

「違うよ。煙草が抑制剤なんだ」


 高槻は、苦しいほど竜平を抱きしめ、首筋に何度も熱い唇を押し当てる。


「よくわかんない…」

「竜平は、ジャムパンと俺とどっちが好きだ?」

「先生に決まってる」

「そういうことだよ」

「全然わかんないよ…」


 それ以上言うつもりもないらしく、高槻はキスを繰り返す。

 唇の感覚がおかしくなるぐらい、何度も。


<終>

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