モノリス3

 音もなくデジカメのシャッターが切られ、フラッシュが光った。高槻の要望で竜平、岡田、栗山との四人のショットである。

 撮影係からプリント係にデータが渡され、仕上がりまでしばらくそのままで待つように言われた。

 あまり長時間この姿を人前に晒したくはなかったが、幸いにしてほかに客は見当たらない。


「で、なんだって医者なんだ?」


 高槻はあらためて自分の格好を見て竜平に問う。

 普段とさほど変わらないような気もするが、いつもよりきれいで少し形の違う白衣に、聴診器をぶら下げた医者の姿になっている。眼鏡もいつもより知的な感じのする銀縁に変わっていたが、いじられなかった長い前髪に邪魔されてあまりよく分からない。


「眼鏡と白衣のイメージだけだろう、これ」


 竜平のイメージでどのように変えられるのか少し不安だったが、竜平は高槻のガードを外すことなく一般のイメージに合わせてくれたようだ。けれど、全くもって外側のイメージのみというのもどことなく寂しい気がした。


「だって、ほんとの先生は見せたくないんだもん。ホントはさ、全部取っ払ってホストにしようと思ったんだよ。はまり過ぎて誰にも見せられないからやめたの」

「ちょっと待ってくれ、江森ちゃん」


 隣で聞いていた栗山が口を挟んでくる。


「ホストのイメージ全くないんだけど、二人きりだとそんななのか、この人?」


 栗山も岡田も、高槻と竜平の関係は知っているけれど、高槻の素の姿は知らないのだ。


「かっこ付けだし、甘い言葉とか平気で言うし、俺、かなり甘やかされてるしね」

「うへ~、マジで?」

「こら、お前はそんなことをペラペラと」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」


 素を知られたところで、この二人なら問題ないとは思うけれど、本人を目の前にしてあれこれ語られるのは勘弁してほしい。

 秘めた恋を誰かに話したくなる気持ちは分からないでもないが。


「写真、出来たみたいですよ」


 プリントされた写真を岡田が取ってきてくれる。

 医者と小学生と書生と総長という、まるで統一感のないその写真に、子供たちは大爆笑だ。


「これは、先生がもらっていいんだろう?」


 笑い転げる栗山の手から写真を取り上げると、白衣のポケットに入れる。


「っと、これ、俺の白衣じゃなかったな。もう着替えていいのか?」

「うん。先生、来てくれてありがと」

「来てほしくなかったんじゃないのか?」

「そうだけど、でも、いいの。ありがと」


 少し照れながら、でもいつものように真直ぐで素直な竜平の姿に、思わず微笑んでしまった。ここが教室であるのを忘れて。


「うわ、何か俺今すごいもん見ちゃった」


 栗山がこそこそと岡田に耳打ちしている。


「なにか?」


 睨み付けると栗山はおどけた様子で肩をすくめた。


「だからほらね、俺の趣味が悪いんじゃなくって、ほんとの先生は違うんだって」


 竜平が自慢げに胸を張るのを見て気恥ずかしくなった高槻は、先ほど着替えをした個室の中に逃げ込む。

 自然と頬が緩む。

 こんなに楽しい文化祭は、自分が学生の頃以来じゃないだろうか。

 竜平がいるだけで、何もかもが違って見える。

 着替えを終えた高槻は、今度は自分の白衣のポケットに写真をしまった。ポケットの中の携帯電話に手が触れる。


『じゃあ、またあとで』


 カーテン一枚隔てた向こうにいる竜平に、あえてメールでそう送った。



<終>

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