モノコード

 高槻は上半身裸のままで小さな軋み音をたてる椅子に腰掛け煙草に火を付けた。

 閉め切ったカーテンと窓を細く開けると、夕刻の弱い光が生物準備室に薄らと入り込む。

 流れてくる煙の匂いを感じながら、竜平は散らばった制服をかき集めた。

 ズボンに足を通しながら、高槻の後ろ姿を眺める。

 体を重ねた後には必ず煙草を吸う高槻の、まだ少し汗の残った緩く波を描く髪、煙草をくわえながら微かに動く顎のシャープなライン、意外と背筋のある背中。この後ろ姿が竜平は結構気に入っている。

 見つめていたら無性にその肌が恋しくなり、手にした開襟シャツには袖を通さず、高槻の背中に抱きついた。


「どうした?」


 高槻は唇に挟んでいた煙草を指で挟んで遠ざける。


「先生、大好き」

「何だよ、急に」

「何でもない。先生の背中にそそられただけ」


 触れた肌から伝わる温もりが、とても愛しい。


「だめだよ、もうこんな時間だ。帰らないと」


 机の上に置いてあった腕時計を竜平に見せた高槻は、首に巻き付く竜平の手をぽんぽんと優しく叩いた。


「ほら、風邪をひくぞ」

「はーい」


 名残惜しいけれど、竜平は大好きな背中を離す。

 制限があるのは仕方がない。ここは学校なのだから。

 もっと、ずっと、一緒にいたいのに。

 誰の目も気にする事なく、つながっていたいのに。


「ねえ、先生?」


 ボタンをとめながら、竜平は以前から思っている疑問を口にした。


「エッチする時は絶対ここだよね。なんで?」


 最初の頃とは違って、今では学校以外の場所で会ったり、高槻の家に行ったりもしているのに、生物準備室以外の場所でしたことはただの一度もないのだ。

 他の場所の方がゆっくりできるのに、と竜平は思うのだが、高槻はそうではないのだろうか。


「ここは嫌か?」


 煙草をもみ消した高槻は、立ち上がって自分もシャツを羽織った。


「そういうわけじゃないけどさ。ひょっとしてこういうシチュエーションじゃないと燃えないとか、そんな趣味だったりするのかなあと思って」

「何考えてんだ、バカ。そんなわけあるか」


 竜平の突飛な発想に苦笑しながら、高槻は両手で竜平の頭をガシャガシャとかき混ぜる。


「ずっと俺のことそんな変態だと思ってたのか?」

「だって…、じゃあ、なんで?」


 プウと膨らませた竜平の頬を指でつついた高槻は、少し困ったような顔をして背を向けると、薄く開けた窓を閉めて鍵を掛けた。


「いろいろと制限がないとさ」


 背を向けたまま、高槻はぽつりと呟く。


「抑えがきかなくなるから」


 予想外の答えに、竜平は驚いた。伸びた髪の隙間から覗く高槻の耳が赤く染まっている。


「そんなの…なんで抑えなきゃいけないの?俺が生徒だから?ガキだから?」


 そうやってしがらみに囚われて自分を殺してしまう人だったと思い出す。竜平と付き合う事を決めた時点で解決したと思ったのだけれど、そう簡単に消えるものでもないのかもしれない。

 自分が子供である事、高槻の生徒である事を、もう幾度呪った事だろう。

 それはまだしつこく竜平に付きまとうのか。


「そうじゃないけど…、壊してしまいそうで怖いんだ」

「そんなの、俺、構わないよ。先生の全てをぶつけてよ」


 そんなふうに大切にされても嬉しくない。もっと真直ぐに、自分に向かってきてほしいと竜平は思う。

 愛されている事は今でも痛いほどわかっている。

 けれど、もっと。


「先生の全部を感じさせてよ、俺に」


 何かを我慢し続けるなんて、良いわけがない。


「俺は何でも受け止めるよ。ああ…えと、その、変なプレイとかだったらどうだか、自信は、あんまりないけど、さ…」


 竜平はいたって真面目だったのだが、高槻は豪快に吹き出して笑う。


「そういうのじゃないから安心して」


 その胸に抱き込まれ、きつく抱き締められる。

 息が詰まりそうなほど強い抱擁。けれどこうして高槻の心臓の音を聞いていれば息苦しさなんて感じなかった。


「ありがとう、竜平」


 言葉の足りない分は、触れた体から伝わってくる。

 高槻を捕らえていた何かが、一つ消える。


「じゃあ、今度先生の部屋でしてもいい?」


 承諾の返事の代わりに、高槻はキスをくれた。

 今すぐに、連れていってと言いたくなるような熱いキスを。



<終>

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