モノクローム15

「よーし、植えるぞー」


 竜平が買ってきた種を手に、腕まくりをして花壇に入っていく。

 高槻は部屋に戻っていようかとも思ったが、まだ立ち直りきれていない竜平がまた余計な心配をするかもしれないと懸念して、すぐそばで種蒔きの様子を見ていることにした。

 買ってきた種は、マリーゴールド、コスモス、ニチニチソウ、ハツユキソウの4種類。どれもさほど神経質ではなく、わりと簡単に育てられるものである。

 配置を考えつつ種を植えていく竜平に、時々アドバイスしながら、その様子を見守っていた。

 たいして広くはないその花壇の種蒔きは30分足らずで完了する。


「あとは水をやって終わりだな」

「うん」


 高槻の言葉に振り向いた竜平は花壇を出て、高槻の傍らに置いてあるじょうろを取りに来た。

 その顔を見て、高槻はぷっと吹き出した。


「種まきするだけで、どうしてそこまで真っ黒になるんだ?」


 顔だけでなく服もあちこち泥だらけで、体操服に着替えさせるんだったと反省した。

 高槻が種蒔きをしてあんなに真っ黒になったことはない気がする。

 けれど竜平は。


(竜平だから、なあ)


 気持ちが先走るためか、自分では丁寧なつもりでもわりと乱雑だし、自分の方を気にする余裕もないほどに夢中になってしまう子だ。

 どうして笑われたのかわからないといった顔で竜平はきょとんとして高槻を見ていたが、やがてその顔に笑みが浮かんだ。


「先生、やっと普通に笑ってくれたね」


 ようやく心の荷がおりたといった感じに、竜平は安堵の息を漏らす。


「よかった。俺、ずっと、先生に嫌われたかなと思ってた」


 ちくりと、心が痛んだ。

 高槻の仮面など、竜平には見破られてしまっていたのだ。

 そうだ、初めから、竜平は高槻の偽りの姿を見破っていたではないか。

 人の本質を見抜くのが上手いのだ。

 常に真直ぐに見つめているから、いろんなものに惑わされない。

 それが竜平の強さであり、そんなところに惹かれている。

 それなのに、尚も浅ましく、仮面をかぶればそれでいいなどと思っていた自分は、なんて愚かなのだろう。

 余計に、竜平を傷つけるだけだったのに。

 何度、同じ過ちを繰り返せば気が済むのか。

 もっと真直ぐに、向き合うべきではないのか。

 逃げることなんて、きっと無理なのだろう。

 竜平の目が真直ぐに高槻を貫いているうちは。


「ねえ、先生」


 土がいっぱいついた顔のまま、竜平は一歩二歩、高槻に近付いた。


「俺、先生が好きなんだ」


 変わらない、強い視線が、じっと高槻を見上げていた。

 頭の中が、真っ白になる。

 どういうことだ。


(竜平が、俺を、好き?)


 その真意をはかりかねている自分がいた。

 高槻と同じく、それは恋心なのか。

 自分が都合良く解釈しているだけじゃないのか。

 高槻が竜平を好きになるのはともかく、竜平が高槻に恋愛感情を抱くなどということは、考えたこともなかった。

 あり得ないと思っていた。

 だから、思いを隠さなければと必死になっていたのに。


(全ては初めから間違っていた?)


 そんなことがあるのか。

 それでは、自分はどうしたらいいのか。

 何を選択することが、竜平のためなのか。

 混乱した高槻は、答えを求めるように、高槻の心を見透かすように、じっと見つめてくる竜平から視線を逸らした。


「やっぱり、男にそんなこと言われても、迷惑だよね」

「いや、あの…」


 こんな、痛々しい顔をさせるつもりなんてないのに。


「中で、ゆっくり話そう。水をやって、顔を洗ってからおいで」


 それだけを告げて、高槻は逃げるように生物準備室へ入った。


(まず、落ち着こう)


 急な展開についていけない鈍い頭をなんとかしなければ。

 竜平はあんなにも肝を据えて男らしく真直ぐに向かってきているのだから。


 高槻は震える指で煙草に火を付けた。

 吐き出す紫煙の向こうに、じょうろで花壇に水をまく竜平の姿が見える。

 いつもの元気はなく、小さな背中だった。


(俺も、腹を括るべき、か)


 元気のない竜平は、見ていたくない。

 あの悲しい顔も全て自分のせいなのだとしたら。

 俺も好きだとそう告げることで、笑顔を取り戻せるのなら。

 それでいいのではないだろうか。

 たとえ日陰の道へ引きずり込もうとも、竜平が嬉しいと思えるのならば、それが一番なのかもしれない。

 体裁とか、常識とか、こだわっているのは自分だけで、きっと竜平はそういうことを気にしない。

 気にしないからこそ、大人の自分が止めてやるべきなのだろうけれど。

 それでもやはり、泣かせたくないと、そう思う。

 この思いが、高槻からの一方的なものではないのなら。


(俺は、竜平を幸せにしてやれるのか)


 水やりを終えて、ざぶざぶと顔を洗っている竜平の姿を確認し、高槻は煙草の火を消した。

 火と共に、たくさんの迷いを押しつぶし、心を決める。

 

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