モノクローム7
竜平の入部届を高槻が受理し、生物部活動が始まった。
といっても、それまでの数日間とさほど変わらず、授業後になると竜平が生物準備室にやってきてあれこれと高槻に話をするのがメイン活動のようだった。
ただ、加えて、高槻が花壇の世話を少しずつ竜平に教えるようになっていた。
竜平は何でも素直に高槻の言う事を聞く。
仕事を頼むごとに嬉しそうな顔をする竜平が、とても可愛く思える。そして頼もしくもあった。
もともと植物を育てるのが好きなだけあって、作業の飲み込みも早く、10日もすれば花壇の世話から生物室に置かれている様々な生物の世話まで一人でこなせるようになっていた。
「先生の仕事がなくなってしまったな」
教える事がなくなってしまったある日、高槻がぽつりと呟くと、竜平は少し寂しそうな顔をした。
「明日からは俺一人でやれってこと?」
「問題ないだろう」
「出来るけど…先生と一緒にやってたのが楽しかったなーって」
そんなふうに言われてしまうと、胸が痛む。
高槻も、この数日間竜平に教えながら一緒に作業をしていて、毎日楽しくて仕方がなかった。
けれど、このままではのめり込む自分にブレーキがかけられなくなるような気がして、あえて距離をとりたかったのだ。
自分の中に無防備に飛び込んでくる竜平が、少し恐い。
距離を保てる自信がない。
しゅんとなってしまった竜平を前にして心は揺らぐが、そこはしっかり線を引いておこうと思う。
代わりに、というわけではないが、こうして準備室で少し話をするぐらいはいいだろうと、高槻は珍しく自分から話題を振ってみた。
「江森は、どうして植物を育てるのが好きになったんだ?」
それは、前からずっと聞いてみたいと思っていた事。
過去の自分が、竜平に影響を与えているのかどうか、一度聞いてみたいと思っていた。
高槻の事など関係なく、学校でやったのが面白かったとかそんな理由かもしれないけれど。
少しは自分が関わっているのかどうか、それを確かめてみたい。
高槻は内心ドキドキしながら、何気ない話題を装って竜平の答えを待った。
「うーん、何だろうなあ。小学生の頃にさ、朝顔とか育てたりするじゃない?そういうの楽しかったから、もともと好きだったんじゃないかなあ」
竜平の指定席になりつつある使われていない椅子に後ろ向きに跨がり、背もたれに顎を乗せた状態で、竜平は遠くを見つめた。
「あ、でもね、やり始めたきっかけはあるんだよ。昔ね、道端で出会ったかっこいいお兄さんが、花の名前とかすっごい知ってて、俺、感動したんだよね。俺もそうなりたいと思ってちょびっと勉強してみたりしたんだけど、俺バカだから全然無理でさ。一個ずつ育ててみたら愛着湧いて覚えるかなと思って、順番にいろんな花を植えてみたんだ。そしたら育てる方が楽しくなっちゃってさ。そんな感じ?」
話しながらだんだん当時の興奮が蘇ってきたのか、竜平は目をキラキラと輝かせていた。
心の中では高槻も一緒にエキサイトしていたが、かろうじて平静な顔を保ち続ける。
まさかこんなにも明確に自分の事が竜平の記憶に残っているとは思ってもみなかった。
道端で出会ったお兄さんというのは、間違いなく過ぎし日の高槻の事であろう。
きっかけを与えたのがまさしく自分の行為であった事に、飛び上がって喜びたい気分だった。
教師として、これ以上の幸福はない。
「何?」
ひっそりと喜びを噛み締めていた高槻の顔を竜平が覗き込む。
「いや、育てて覚えようなんて思う所が江森らしいなと」
「どういう意味、それ?バカだって事?」
「突拍子もない。けど案外適確。ってことかな」
「褒められてんのか貶されてんのかわかんない」
口を尖らせるその姿は、抱き締めたくなるほどに愛らしい。
「でもね、ほんとにかっこよかったんだよ、あのお兄さん。俺の憧れの人なの」
当人とは知らずに漏らす殺し文句。
堪えきれず、顔が紅潮するのを感じた。
表情を隠すための大きくてださい眼鏡をかけていて良かったと、心の底から思った。
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