ロシアンルーレット15
昼休み、さて今日は何を食べようかと購買へ急ぐ。
混み合う人だかりをかき分けるようにしてなんとかお目当てのパンをゲットする。
日々戦いだ。出遅れると好きなものを食べられない。
本日の勝利を噛み締めながら流れに逆らって人だかりを抜け出す途中、不機嫌そうな見慣れた顔を発見した。
「千草さん」
買いなれていないのか、もみくちゃになりながらなかなか買えずにいるらしい。
俺はさらに人混みをかき分けて千草のもとまでたどり着くと、騒音にかき消されないよう耳元に口を寄せた。
「何が欲しいんですか?」
くいと顔を上げる千草と目が合う。
ただでさえ不機嫌そうな顔にさらに力を込めて眉間にしわを寄せた千草は、小さな声でサンドイッチと呟く。
「なんでもいいすか?食べれないものとかは?」
「べつにない」
「待ってて」
人垣の間の隙間を見つけて手を伸ばす。こういうとき、体が大きいのは得だ。頭一つ上から長い手を伸ばせばたいがいのものはゲットできる。
適当なサンドイッチを選んで買い、人だかりを脱出すると、少し離れたところで校舎の壁にもたれる千草を発見した。
「はい。これでいいですか?」
頷いて受け取った千草は代わりに俺の手のひらに小銭を乗せる。
「多いっすよ?」
「お駄賃だ」
少しだけ笑った千草を見て、これはありがとうと言われたのだと気がついたので、そのままありがたくポケットに突っ込んだ。
「せっかくだからどっかで一緒に食いませんか?」
嫌だと言われる覚悟でそう誘ってみたら、なんと千草は普通に頷く。今日は機嫌がいいらしい。
あの購買の人混みがよっぽど不快だったに違いない。抜け出せた事に相当な喜びを感じているのだ。
(グッジョブ、俺!)
人だかりの中で出会えた幸運を噛み締める。
日々この戦いをこなしてきた経験値に拍手だ。
大きな木の陰に二人並んで腰を下ろした。気持ちのいい晴天で、さわやかな風が気持ちよかった。
「たまには外で食べるのもいいな」
俺が思っていたのと同じ事をジャストタイミングで千草が呟き、嬉しくなる。
「天気もいいし、千草さんと一緒だし、俺幸せだなあ」
にそにそと笑いながらパンをかじる俺を千草は若干引いた様子でちらりと横目で見た。
俺が買ってきたサンドイッチを千草が食べる、それだけのことでもときめいてしまう。俺の顔は緩みっぱなしだ。
「うまいっすか?」
ご機嫌で訊ねた俺とは正反対に、千草のテンションは低い。
「…あんまり…」
「ええっ!?俺選択誤りました?」
「いや、もともとこういうものがあんまり好きじゃないんだ」
「そうなんすか?」
「パンとかおにぎりとか、炭水化物がどーんとあるだけなのが気に入らない」
「へえ」
あんまり聞いた事のない意見がちょっとおかしくて笑うと、にらまれる。
別にバカにしたとかそんなわけではないのに。ただちょっと嬉しかったのだ。何が好きとか嫌いとか、そういう話を千草から聞ける事が。
「じゃあ、何が好きなんですか?」
「好きな食べ物?あー、特にこれといってものすごい好きなものとか絶対食べれないものとかはないな。ただ、一つのものがどかんとあるより少しずついろんなものが食べれた方がいい」
「じゃあ、普段は弁当?」
「ああ。今日はたまたまどうしてもつくれないっていうからこうなった」
「お母さん、毎日作ってくれるんすね?いいなあ、うちなんか買えばいいでしょっつって全然作る気ないっすよ」
見た事のない千草の母親像を勝手に想像しながらぺろりとパンを平らげると、つづいておにぎりをかじる。
「それはおまえ、食う方に問題があるんじゃないのか?甘そうな菓子パンの後におにぎりってどんな組み合わせだよ」
「だって甘いもんばっかりだと何て言うかこう…もったりするじゃないですか。あ、逆すか?おにぎり食べてからパン?ちなみに三つ目はパンっすよ」
一番好きなソーセージの入ったパンを自慢げに見せると千草は盛大なため息をこぼして、どっちでもいいよと呆れたように言った。
「なあ、これ一つ食う?」
千草は唐突にハムサンドを一つ俺の方に差し出した。
「嫌いっすか?」
「いや、同じの二つ目だから。おまえ食えるなら食って」
同じものがどーんとあるのは嫌いだというのは、なるほどこういうことかと今納得する。多分、さっきと同じやつかと思うと食欲が萎えるのだろう。どれにしようか悩んだあげく無難なミックスサンドにしたのはものすごい正解だったのかもしれない。
「いただきます」
千草の手ごと引き寄せてハムサンドをかじった。
「自分で持て、アホ」
「えへへ、うまいっす。このまま千草さんの手まで食べたいっす」
「バカかお前は」
心底嫌そうな顔をした千草は残りのサンドイッチを強引に俺の口に全部突っ込んだ。
もごもごと声にならない文句を叫ぶ俺を見ておかしそうに笑う。その顔がもうたまらなく可愛くて俺の心臓がきゅんきゅんとときめく。幸せだ、幸せすぎる。
口いっぱいのパンと格闘を終えた後、俺は最後のパンを取り出してお返しですと千草の口の前に差し出した。
「一口だけだったらいいんでしょう?俺の大好物、うまいっすよ?」
少しためらった後、千草はがぶりと一口かじりついた。
「やった!千草さんとの間接キスゲット~」
「はあっ!?」
千草がかじったところを自分の口に入れ、幸せをかみしめる。
「小学生か」
「だって、直接はさせてくれないでしょ?」
「あたりまえだ」
本当は、直接その唇に触れたい。
もぐもぐと動く少し濡れた唇を見つめていると、その視線に気付いたのか千草は隠すみたいに手のひらでゆっくりと唇を拭った。
「ねえ、千草さん、明日からも一緒に飯食いませんか?」
「食わないよ」
今度はあっさりと否定された。ちらりと様子をうかがったけれど、べつに俺が変な事をしたから怒っているというわけではなさそうだ。これが千草のデフォルトだ。
「ちぇっ、千草さんのケチ」
「また弁当を作ってもらえない日があったら、その日だけいいけどな」
「ほんとっ!?」
「そんな日があるかどうかは知らないけど」
「じゃあ、そういう日があったら教えてくださいよ?また俺が買ってきてあげますから」
「ああ」
「へへっ、約束っすよ?」
食べ終わったゴミを一つにまとめて、俺はごろんと草の上に寝転がった。
昼休みはまだ長い。
千草の方も食べ終わったからはいさよならという感じでもなかったので、もう少しそばにいられる。
「千草さ~ん、俺の好きなものは千草さんっす。今一番食べたいものは千草さんっす。千草さんが好きなものは何ですか?」
「…おまえさ…それ俺が『お前』とか答えると思ってんの?言うわけないだろ?」
「ですよねぇ」
それでこの会話は終わると思ったのだけれど。
「さっき言ったろ?一つのものどーんだと飽きるんだ。飽きさせないものが好きだよ」
思いがけない千草の答えに目を見張る。
それは食べ物の話?それとも人の話?
千草を飽きさせる事がなかったら、好きになってもらえるのだろうか。
飽きなくて楽しいと思ってくれているから、こうして一緒にいてくれるのだろうか。
真意はよくわからないけれど、なんとなく優しい言葉をもらったような気がする。
今日の千草は本当に機嫌がいい。
俺は浮かれっぱなしだ。
こんな時間がいつまでも続くといい。
<終>
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