ロシアンルーレット14

 帰り道、グラウンドの横を通るとなんとなく陸上部の方に目を向けてしまう。

 探そうとせずとも目に入ってくる見慣れた長身をちらりと見て、ただそれだけ。

 だからどうというわけでもないし、あえて探しているわけでもないけれど、なんとなく癖になってしまっている。

 いったい、いつからだろう。


「皆川?」


 隣を歩く金城が俺の視界を遮るようにひょっこり顔を出す。


「なんだよ」

「なあ、なんであいつだけそんな特別扱い?」

「あいつ?」

「春山だよ。春山達樹」

「は?」


 特別扱いした覚えなんてない。むしろ日々虐げている。

 なのに何をそんなに羨ましそうにするのだろう。


「だって、俺はそんなふうにミナに探してもらったことない」

「おまえはさ、俺が探すとかいう前に自分から猛烈アピールしてくるだろう」


 俺の方から探す隙なんて与えもしないくせに何を言う。


「っていうか、別にあいつのことだって探してるわけじゃないし。たまたまでかいから目に付くだけだ」

「いいや、そんなことないね。だって進行方向正面にグラウンドがあるわけじゃないだろ?あそこを見ようと思ったら意識的に視線をこう左にずらさないとさ」


 あくまでも食い下がる金城にため息をひとつくれてやる。


「最近まで、陸上を見るのに抵抗あったんだろう?」


 ちょっとだけ勢いを殺して、俺の様子をうかがうように、金城は口を尖らせた。

 さすがに俺をよく見ていると、少しだけ感心した。

 事故の後遺症で足を引きずるようになり、大好きだった陸上ができなくなってから、確かに故意に避けていた部分はある。ピアノという生き甲斐を見つけて精神的に立ち直ってからも、目の当たりにしてしまえばどうしても自分の体の自由が利かない悔しさを強く感じてしまい、そんな自分が嫌で極力視界に入れないようにしていた。もちろん、この性格から、それを表に出すことはしなかったけれど、長い付き合いの金城にはわかってしまっていたらしい。

 時が経ち、今ではそんな感情も薄れてきているが、全く平気なわけではない。


 それなのに。


 言われてみればいつからだろう。

 達樹の長い手足がきれいなフォームを描いて駆けていく姿が心地良く感じるようになっている。まるで自分が走っているときのような爽快感を感じている自分がいる。


「大人になったんだよ。ほかに打ち込めるものだって見つけたし」

「そう?まあ、皆川が乗り越えたってんならそりゃあ喜ばしいことだけどね」

「何だよ、何の文句があるんだ、お前は」

「文句なんてないけどさ。あいつに優しい理由を知りたいなと思って。謎なんだよ。俺が何年もかけて築き上げた地位をほんの数カ月で超えていくあいつのさ、何がいいのかなって。俺に欠けてる何かがあいつにあるのなら知りたいんだ」

「おまえ、ほんとバカだな」


 比べたってどうなるものでもないし、同じことをすれば同じ結果になるわけでもないのに。

 どうしてこいつはこんなにも俺と仲良くなることに必死なんだろう。

 それだけが全てみたいに生きられるんだろう。


「別に優しくなんてしてないし、お前を超えるとかそういうのもくだらない考えだよ」


 友人に優劣なんてない。

 ただそこまでに至る時間が短かったというのならそれは。


「おまえという前例があったからかもな。お前とあいつはわりとタイプが似てる」


 バカで一直線でめげなくて。

 俺に対して少し距離を置きたがるほかの奴らと違って、まっすぐに全力でぶつかってくる。自分が傷付くことも恐れずに、ただまっすぐに。


「似てねえし!」

「だいぶ違うんだけどさ」


 まっすぐに追いかけてくるところまでは二人とも一緒だ。けれど、俺に躱されたその後は、達樹はそのまま黙ってひたすら俺の後をついて歩いて、俺がちょっと気にして振り向くとまた全力で飛びついてくるワンコタイプであるのに対し、金城は知らないうちにどこからか先回りをして再び目の前に現れるような一癖あるタイプだ。

 どちらが良いとか悪いとか、そういうものでもない。


「どんなに突き放したところでこういうやつには無駄なんだと悟ったのかもな」

「俺のおかげなのか。なんか複雑~」


 それで納得したのかどうなのかわからないが、金城は頭を抱えて唸った。

 本当の理由なんて、俺にだって分からない。

 特別だなんて思ったことはないし、確かにわりと気に入ってはいるけれどそれは金城だって同じだし。

 理由なんて、何もない。





「千草さーん」

 気が付けばいつの間にグラウンドのこちら側まで走ってきたのか、植え込みの向こう側で達樹が嬉しそうに手を振っていた。


「今帰りですか?いいなぁ、俺も千草さんと一緒に帰りたいな」


 ぱたぱたと全力で尻尾を振っているのが見えるようだ。


「さぼってんなよ、一年生」


 冷たくそんな言葉を投げ付ければ「ちぇっ」とすねた様子で戻っていく。

 大型犬が妙に可愛いのと一緒だ。


「やーっぱり特別扱いだ」


 金城は再び俺の顔の前ににゅっと自分の顔を突き出した。


「だって、嬉しそうな顔してる」

「してねえよ」

「笑ってるもん」

「だから嬉しくないし」

「俺にはそんな顔してくれないもん」

「ウザいよ、おまえ」


 ああ、そうか。

 達樹と金城の決定的な違いに気が付いた。

 同じようにまとわりついてくるけれど、達樹をウザいと感じたことは一度もないんだ。

 それが二人のキャラの違いなのか、あるいは受け止める俺の側に原因があることなのかはわからないけれど。

 だからつい、いろんなことを許してしまうのだ。

 それが俺の中の理由なのかもしれない。


 だけど、そんなこと金城に教えてやる義理はない。

 大げさにショックを受ける金城を置いて、俺はすたこらと帰宅の途につく。


「ちょ、ちょっとまってよ、ミナちゃ~ん」


 当たり前のように追いかけてくる金城に、少しだけ頬が緩む。

 それが金城の言う嬉しそうな顔と同じなのか違うのか、自分では分からないけれど。




<終> 

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