ロシアンルーレット13

 今朝はいつもにもましてぎゅうぎゅうの満員電車。それでも俺はしっかりと千草の正面を確保し、密着状態を楽しみながらぼそぼそと会話を弾ませていた。まあ、弾んでいるのは俺の方だけで、千草は時折返事を返してくれるぐらいなのだけれど、それはいつものことだ。俺にとっては何よりも幸せなひとときなのだ。

 今日はあまりに密着し過ぎて顔があまり見えないのが少し残念だ。けれど千草の鼓動さえも感じられそうな気がしてドキドキする。


「俺はね、千草さんのためなら何だって出来ますよ。今ここで濃厚なキスだってね」


 少し身を屈めて千草の耳元でささやけば、脇腹のあたりに軽く拳が入る。


「それのどこが俺のためだよ。そんなことこれぽっちも望んだ覚えはないな」


 そんな冷たい言葉がとても嬉しいと思う俺はおかしいだろうか。

 千草から返ってくる反応の一つ一つがどんなであれ俺にとっては宝物なのだ。


「それは冗談ですけど、でもほんと、何だって出来ますよ」

「ふーん、じゃあ跪いて靴をなめろ」


 千草はきっと俺に出来ないことを言って困らせるつもりだったのだろうけれど、そんなこと別に屁でもない。相手が千草ならば喜んでやれる。


「いいっすよ」


 身を屈めようとした俺を千草の手が力強くつかんで引き止める。


「冗談だ。本当にやるバカがどこにいる。ここでそんなことしたら踏みつぶされて圧死だ」

「かまわないっすよ。それが千草さんの望みなら、俺は」

「そんなこと、望むわけないだろうが」


 ほんっと馬鹿だなと大きく吐かれるため息。呆れられていると分かっているのに、頬が緩む。

 少しは俺の身を案じてくれたのかななんて思うとたまらない。


「ほんとに何だって出来ると思うんですけど、困ったことに千草さんの望みがわかんないんすよね、俺」

「残念なやつだな」

「だって千草さん、そういうこと何も言わないじゃないですか」

「基本的に無欲なんだ。悪いな」

「ちぇっ」


 教えてくれるつもりはないらしい。

 結局のところ、俺には何も出来ないのかもしれない。

 だけど、何だって出来る、その思いは確かなんだ。

 千草はわかっているのだろうか。

 いつだってくだらないことのように俺の思いを笑うけれど、本気なのだとちゃんと分かってくれているのだろうか。


「俺はいつだって本気っすからね」

「あっそ」


 興味のない返事。

 それでもいい。

 俺はこうして毎朝愛をささやき続ける。



<終>

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