ロシアンルーレット12

「千草さんって、金城のことどう思ってんすか?」


 今朝は挨拶をしたきり喋りもせず何か考え込んでいると思ったら、達樹はそんなことを言い出した。


「何言ってんの、おまえ」

「あいつのことは最近だいぶ分かってきたんすけど、千草さんはどう思ってんのかなと思って」


 なぜそんなことを聞くのか達樹の思惑がはかれず、返答に困る。


「おまえ、あいつに興味あんの?」


 応援団を一緒にやったからだろうか、最近二人は仲がいいように見える。

 性格的に、わりと似た者同士で相性がいいのだろう。

 多分、あいつらとは正反対の俺なんかよりずっと。

 もしかしたら、俺に言い寄るのも飽きて金城に鞍替えしたのだろうか、なんて考えてしまう。

 達樹は、何にでも興味を持ったら一直線な感じがする。

 それだけに、ほかに興味を持ってしまったらそれまでのものはおろそかになりそうだ。


(そうか、俺は捨てられたか)


 そんなことを思って、そしてすぐさま打ち消した。

 そもそも達樹が勝手に言い寄ってきていただけの話だ。俺がどうこうなるわけでもない。

 俺が何かを思うことなど、何もない。


「違いますよ。素朴な疑問っす」

「なんだ。やっと俺には飽きたのかと思ったのに」

「そんなわけないじゃないですか。だいたい俺が金城をってそんな趣味ないですよ。全く可愛くないじゃないですか。勘弁して下さい」


 ものすごい勢いで否定する達樹を見て、少し安心している自分に驚いた。


「ただ、あいつがすごい千草さんのこと好きなのはわかったけど、千草さんはどう思ってるのかなと思っただけっすよ。むしろ気になるのは千草さんの心の中っすよ。もし千草さんがあいつのこと好きだったら俺困るじゃないですか」

「っていうか、おまえ、俺のこと可愛いとか思ってるんだ」


 心の中の動揺を隠すように、俺は達樹をにらみ付けた。


「え…いや、まあ、そんな時もたまに?あるような、ないような…」


 目を泳がせてしどろもどろになる達樹を見たら落ち着いた。

 何なのだろう、この自然にしっくりくる感じは。


「まあ、あいつは、ただの腐れ縁だな」


 笑いながら俺が答えると、達樹は嬉しそうな顔をした。

 俺の態度一つでこんなにも一喜一憂する様が、俺は楽しくて仕方がない。


「じゃあ、俺は?千草さんにとって俺は何?」


 何、と言われても。

 俺はまた答えにつまる。

 友達、というのとは少し違う気がする。

 達樹は俺のことを好きだというけれど、そういうのとも違う気がする。

 そもそも、そんなことを本人に面と向かって聞くやつの気が知れない。

 そう問われて明確に答えを出せる人間などいるのだろうか。

 答え辛いことこの上ない。

 でもこういうやつなのだ。そして答えを聞くまでどうせ諦めやしない。


「おまえはただの後輩だ」


 意地悪くそう言ってやったら、この世の終わりだとでもいうかのようなものすごく悲しそうな顔をされた。

 ため息をつき、うなだれる。


「なにがしたいわけ?」


 朝から目の前でこうもどんよりされてはかなわない。

 しかも、電車の中、公衆の面前である。

 もう少しましな言葉を選んでやれば良かったかと少し後悔した。


「金城がさ、離れたらすぐ忘れられるって言うんすよ。腐れ縁でも忘れられるのに、ただの後輩だったら一発だなと思って…」

「何の話?」

「だって、もう半年もしたら卒業しちゃうじゃないですか」

「ああ、そういうこと」


 何を悩んでいるのかと思えば、未来を憂いていたということか。

 俺が音大に行くといったら金城が同じ大学に行けないと騒いでいたなと思い出す。

 あいつはいつも大げさなのだ。

 なにも達樹にまでそれを言うことはないのに。

 卒業に向けて動き出している3年生と、高校生にもようやく慣れてきた頃の1年生とでは言葉の意味も重みもずいぶん違ってくるだろう。

 何にでも情熱を持って突き進めるパワーがものすごいだけに、金城は人の気持ちを慮るのがあまり得意ではないように思われる。

 そうでなくてはこんな風に俺についてくることもできなかったのだろうから、必ずしも欠点であるとは言い切れないのかもしれないが。


 「さすがにあいつのことは忘れないだろうな」


 違う大学に進んだからといって、あのインパクトと押しの強さは忘れられるはずもない。

 学生時代で唯一友達と呼んでもいい存在だと思う。


「俺のことは?」


 達樹は、どうだろうか。

 出会ってからの時間は、これから先卒業までを計算に入れたとしても一年にも満たないぐらいだ。

 普通であれば卒業した途端にきれいさっぱりだろう。

 けれど、俺は忘れないと思う。

 なぜかなんて理由は思い付かないけれど。

 いや、忘れないというよりも、達樹と会わなくなるということが想像が付かないのだ。

 なぜだろう。金城とは別々の大学に通う図を簡単に想像できるのに。

 俺が卒業して達樹はまだ高校生で、そんな絵を思い描くことができない。


「学校が違ったら一生会えないわけでもないだろう」


 俺の答えに達樹は目を丸くした。


「それって何?卒業しても会ってくれるってこと?」

「おまえがおとなしくできると自分で思っていることが俺は不思議だけどな」


 達樹が俺を思い続けている限り、きっとどれだけ俺が冷たくしようが寄ってくるに違いないのだ。

 達樹がもう俺のことなどどうでもいいと思わない限りは。


「俺のことなんだと思ってんすか。俺だって、それなりにいろいろ考えるんですよ。千草さんに嫌われるようなことはしたくないし」

「考えてんだ、それで」


 確かに、嫌な思いをしたことはない。

 さんざん冷たい言葉を浴びせてはいるものの、達樹のことを嫌いだと思ったことは一度もない。

 達樹がどんな思いを俺に抱いているのか分かっていても、むしろそばにいて安心するほどに。


「バカだけど考えてますよ。考えたくもない想像とかもしますよ」

「そうか」

「俺、ずっと千草さんのそばにいたいっす」


 いつになく真面目な目で俺を見る。

 金城に言われて卒業という現実を見つめたのだろう。

 まだ高校生になったばかりの少年には厳しい現実かもしれない。


「おまえの好きにしたらいい」


 多分それが俺の中にある精いっぱいの優しい答えだ。

 俺は別に嫌じゃない。

 俺の中にある答えはそれだけだ。

 それ以上でも以下でもなく。

 達樹がそばにいたいと思うならそばにいればいい。

 飽きたならばやめればいい。

 俺はそれでかまわない。


 窓の外、飛ぶように流れてゆく景色に目を向けて、俺も少しだけ先のことを思った。



<終>

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