ロシアンルーレット10

 いつの間にか、その駅に着くと乗り込んでくる客を目で追うようになっていた。

 今日はどこからきてどの位置にたどり着くのか、そんなどうでもいいことを観察してしまう。

 達樹がどこにいようとも、俺には関係のないことなのに。

 気にしていないそぶりをしながら、気付けば何気なく探している。

 毎日耳にはめているイヤホンから、音を流さなくなったのはいつ頃だっただろう。

 毒されているなと、そう思う。

 それでも、その流れに俺は必死で抵抗している。 

 必要のないイヤホンを付け、冷たい態度を取る。

 お前に興味なんかない。

 それはまるで自分に言い聞かせるかのように。

 頑に。




 毎度のことながらものすごい勢いで人をかき分け、あちこちから睨まれながら達樹は今朝も俺の前までやってくる。そうするのもだいぶ慣れたのか、最近ではかなりの高確率で俺の隣や目の前の位置をキープするようになっていた。


「おはようございます」

 何がそんなに嬉しいのか、とろけそうなほど緩んだ顔でニコニコと俺を見下ろす。

 満員電車ゆえ密着度は高く、かなりの角度で見下ろされるのが腹立たしい。何度その腹にパンチを打ち込んでやろうと思ったことか。実際、何度も打っているわけだが、それを喜ぶマゾ野郎なので打ったら打ったでまた腹が立つのだ。

 毎朝のことなのに、何度でも同じように引っ掻かれる俺の自尊心は立派なものだ。あきれる。

 そうして腹を立てていながらも、今日はいったい何の話題をふってくるのかと楽しみにしている自分がいることもまた、あきれる。


「昨日、体育祭の出場種目、決めました?」

「ああ…」


 ほぼ毎朝話をしているため、たいがいは昨日やったことに関する話題だ。そういえばクラスで選手決めをしていたなあとぼんやり思い出す。正直、俺には興味がない。


「俺、100メートルとチーム対抗リレーに出るんですよ」

「ふーん」


 達樹は短距離選手だ。まず間違いない選択だろう。

 その走る姿は、見てみたいなと思う。かつて自分もやっていただけに、本格的な走りを見るのは好きだ。


「千草さんは?」

「俺は出ないよ」

「だって全員何かに出なきゃいけないんでしょ?」

「どんな決まりがあろうとも、できないものは仕方がないだろう」


 うちの学校の体育祭にはお遊び的要素の競技がなく、体育祭というよりも陸上競技大会といったところなのだ。足の悪い俺に参加できる種目は一つもない。にもかかわらず全員参加を義務づけている学校はいかがなものか。


「事情が事情だから特別に許可をもらってる」

「あ、そうか…」


 自分の失言に気付いたのか、達樹は急にしゅんとなる。

 俺はこいつのこういう気の利かないバカなところが、実は結構気に入っている。変に気を使ってそういう話題に触れてこない人たちに慣れ過ぎてしまって、逆に新鮮に思えるのかもしれない。

 楽しいものは楽しいと言えばいい。何を遠慮することがあるものか。

 人はそれぞれ得手不得手があるものだ。

 ただそれだけだと俺は思っている。


「陸上部は一位取らないと先輩からお仕置きがあるらしいな」


 そうふってやると達樹はすぐに食い付いてくる。この単純さが気持ちいい。


「負けるつもりはないから大丈夫!」

「気合い入ってるな」

「だって、体育祭は唯一俺がヒーローになれる日ですよ!千草さんも見てて下さいね」


 臆面もなく自分をヒーローだなどと言ってのけるこの馬鹿げた根性がいい。

 自信はあっても、俺はここまで馬鹿にはなれない。


「でもほんとに何にもやらないんですか?せっかく一緒にやれる貴重なイベントなのに。千草さんの応援、したかったのにな」

「一応、応援団に配属されてるな。それをやることを条件に競技を免除してもらってる」


 それは自分的にあまり望ましくない状況であるので内緒にしておこうと思っていたのだが、言ってしまった。つい達樹のテンションに流された。


「応援団!?」


 達樹が目を輝かせる。その脳内でどんな想像が巡らされているかは、何となく想像がつく。


「いいっすね、それ。俺もやろうかな~」

「俺のクラスとお前のクラスは敵同士だぞ」


 うちの学校の体育祭は、各学年2クラスずつの計6クラスが一つのチームになり、全4チームでの総合得点を争う、という形式になっている。チームが一緒であれば学年が違っても一緒にやれるけれど、チームが違うのであれば意味がない。確か達樹のクラスは、金城と同じチームだったはずだ。


「でもいいじゃないっすか。同じことやってるんだと思ったら楽しいですよ」

「そうか?」


 二年前にも同じセリフを耳にしたのを思い出した。金城だ。

 お前がやるなら俺もやると、毎年応援団に入っている。が、俺がいなくてもきっとやるんだろうと思われるぐらい気合いの入った応援っぷりで、おそらく今年は団長を任されるに違いない。


「やめた方がいいと思うぞ」


 あんな熱血鬼団長のもとでは、きっと苦労が絶えないだろう。

 俺は心配して忠告してやったのに、達樹はむしろ逆に燃えたみたいだった。


「やりますよ、俺は」


 まあ、俺は所詮他人事だから、それならそれで二人のやり取りを楽しませてもらうとしよう。

 親切に理由まで教えてやることもないだろう。


「後悔先に立たず、ってやつだな」


 呟いて、労うように達樹の腕をポンポンと叩く。

 けれど案外、こいつなら金城のテンションについていけるかもしれない。タイプは違うが二人とも単純で一直線な所はよく似ている。


「なんすか、その企み顔な笑いは」

「べつに」


 やりたくもない応援団をやらされ、例年憂鬱な体育祭だったが、今年は少し楽しめるかもしれない。




 不本意ながら、こいつに出会ってから、毎日が楽しい。



<終>

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