プレドニンの行方④
(なんでだ……)
日付は十月十七日
激昂するトドを見送って数時間の日のことである。
『なぁ、どうなんだい?』
副主任の佐々本が訊ねる。
黒淵メガネに暗めの茶髪。
元ラガーマンらしく、体躯はがっしりしている。
(なんでバレた……。)
『…松田くん、これはちょっとしたコトになっちゃってるからさ…』
佐々本の口調はあくまで穏やかだ。
が、主任寺本と比べ年の若いこともあるが融通が利かない。
(そりゃ、薬が足りないのはいつかはバレるさ。その日になったら足りないの気付くさ!でもないんで今日なんだよ!そしてなんで俺が盗ったってわかるんだよ!)
『これさ…ちょっと見て。』
佐々本の手には二つ、薬の殻がある。
プレドニンだ。
(!!…まじかよ、柏原殻取っといてあったのか!?)
『どう思う?』
佐々本は聞いた。
『どう……えー……』
松田の脳裏にトドに怒鳴られていた宇多川の顔が浮かぶ。
(まじかよ、薬の殻回収したと思ってた……ん?でも待てよ、袋には日付書いてあるけど、このちっこい殻には書いてないはずだぞ!?なんであの日のものだとわかる!?)
『これ、十日のもんだよね?』
『……いや、わからないです。』
松田は苦し紛れに言った。
『……ごめん、じゃもうぶっちゃけるわ。この日って本当はプレドニン付いてないはずなんだよね。』
(え?……ついてない、はず?)
『…………え?』
『んー。情けない話なんだけど、薬が足りないのなんのって話はちょいちょい起きるのよ。先月も同じことがあってさ。そんときは角野がたしかプレドニンを床に落として転がっちゃってって失くしたって泣きついてきたのね。だから仕方ないから十月十日の分からプレドニン持ってこいって指示したの。俺がね。』
『え!?なんでわざわざ十日の分なんすか?!』
『うん、て言うのはね、柏原さんの場合は十日か十一日に受診して1ヶ月分貰ってくるパターンが多いから棚から一番後ろの日付の薬が十月十日になるからね。それを持ってくるようにさせたの。』
(なんだそれ…なんだその偶然!!じゃあ結局最初からプレドニンなかったのかよ!!…いや待てよ?殻はあったんだよな?俺も見たぞ?)
『いや、でも、殻があったような…』
『そう、殻はあって然りなんさ。だって角野の馬鹿、殻ごとじゃなくて中身だけ抜いて持ってったらしいから。はっはっはっは』
どうゆう感情でいるのか、佐々本は笑っていた。
『……なんすかそれ………じゃあ俺じたばたして馬鹿みたいじゃないっすか…』
松田はいっそう項垂れた。
そう、松田は最初からなにもすることはなかったのだ。
ただ一つ、マニュアルどおり手順を踏み、薬をちゃんと手渡して目の前で飲ませていれば薬が抜けていることに気づけたのだ。
『……でもひどいっすよー、こんなの
『悪い悪い!いや松田君なら気付くと思ってさ。「あれ中身なくね?」って。』
佐々本は笑っている。
『でもぶっちゃけ一日分元々ないのは了承済みだったんすか?柏原さん的には。』
『うん。月末の分が狂いが生じる分には「処方のミスだねー」とかっつって本人にも家族にも説明しやすいのよ。月の中日がないとなるとさすがにおかしいけどね。』
(なんだ……そんだけのことか………)
『佐々本さん。』
『ん?』
『こんなんも介護あるあるなんすか?』
『ん、まぁ、あるあるかな?はっはっはっは』
松田もつられて笑ってしまった。
何が起きても大したことにはならない。
外部に漏れなければ。
中で起きている分には、問題は問題じゃない。
「所詮は老人相手」
介護あるあるである。
そして学んだのは、正直でいること。
じたばたしたあげく、オチは大したことないのだ。
それが
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