第441話 見てない。





「りっちゃん、どうしたの?なんか、手…腫れてない?」


僕が気になっていたことをバイトに行くために僕を迎えに来てくれたまゆがりっちゃんさんに尋ねてくれる。


春香とまゆとゆいちゃんが講義で暇していた僕は陽菜が講義でいなくて暇していたりっちゃんさんにピアノを教えてもらっていたのだが、ピアノを弾くりっちゃんさんの手が腫れているのがすごく気になっていた。


「あはは…昨日ぶつけちゃってさ〜いや、本当にドジすぎて笑っちゃうよね」

「両手ぶつけることなんてある?」


まゆがそう聞き返すとりっちゃんさんは慌てて両手を隠した。


「りっちゃん、何かあったら話してくれたらまゆ、相談に乗るからね。いつでも頼ってくれていいからね」


まゆは心配そうな表情で優しくりっちゃんさんに言う。りっちゃんさんは笑顔で、ありがとう。でも、大丈夫だから安心して。とまゆに返事をした。りっちゃんさんの笑顔が本物か偽物か…僕には見分けがつかなかった。


「まゆちゃん、そろそろ時間やばいんじゃない?私も、陽菜の講義がもうすぐ終わるからそろそろ迎えに行かないといけないし出ようか」


りっちゃんさんにそう言われて僕たちは3人でピアノ練習室を出る。その後、僕とまゆはバイトに向かう為にりっちゃんさんと別れた。



「絶対大丈夫じゃないよ……」


車に乗ってすぐにまゆは呟いた。本当に、りっちゃんさんのことを心配しているのだろう。僕も、りっちゃんさんのことがすごく心配だ。以前、りっちゃんさんが僕に見せた弱い面を思い出して、今回、腫れていたりっちゃんさんの手を見て、かなり、不安と心配をしてしまった。


とはいえ、僕やまゆがいくら心配してもどうにかなる問題じゃない。それはまゆもわかっているから、りっちゃんさんに無理矢理問い詰めたりしなかったのだろう。下手に余計なことして、りっちゃんさんにさらにストレスをかけるわけにはいかない。


ちょっとだけ、複雑な気持ちになりながら僕とまゆはバイトを頑張った。バイトが終わり、まゆと一緒にアパートに帰る。帰りの車で僕とまゆがお喋りしていると僕のスマホが震えた。春香かゆいちゃんからいつ帰ってくるの?という連絡かな。と思い僕はスマホを見る。


一瞬だけ、通知が表示されたが、すぐに消されてしまった。


「りょうちゃん、急にごめんね。この前の話の続き聞いて欲しいって言ったら聞いてくれる?」


消される前に一瞬だけ表示された通知の内容を僕は忘れられない。消された後、どうしようか悩んだ。消した。ということは見なかったことにした方がいいのか。いろいろ悩んで、結局、見なかったことにした。本当にやばかったら、りっちゃんさんは今回、僕に連絡してくれたみたいに誰かを頼るだろう。と思ったから……




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る