第292話 ありがとうとありがとう






優しすぎる………アパートの部屋を出てからしばらくしてまゆから届いたメッセージを見て、泣きながらアパートに帰る。郵便受けに入っていたまゆの車の鍵と春香とまゆの指輪を僕は大切に手に取る。春香とまゆの指輪はすごく温かくて、この指輪を持っていると春香とまゆがすぐ側にいてくれるような気がした。


春香とまゆの指輪を大切に持って、まゆに言われた通り、まゆの車の鍵で、まゆの車に乗る。助手席に座ると、運転席にいろいろ置いてあることに気づいた。きっと、春香だろう。お節介と思えるくらい、必要そうなものがいっぱい入っていた。モバイルバッテリーが6個も入っているのを見てクスリと笑ってしまう。


「ありがとう…」


泣きながら何度も、春香とまゆにありがとう。と言っていた。本人たちには届いていないのに…何度も何度も…ありがとう。を言い続ける。それくらい、春香とまゆの優しさはありがたかった。春香とまゆと次にあったら、きちんとお礼しないとな……


そう思いながら助手席の座席を少し下げて上を見ながら目を瞑る。寝れるわけがない。いろいろな感情が混ざりあって、まともに寝れる状況なんかじゃない。だから、ずっと、答えの出ない問いを考え続けて、後悔を繰り返す。


さきちゃんにゆいちゃんのことを聞いたりしたかったが、僕が落ち着いていないのに聞いたところで、さきちゃんに余計な気を遣わせてしまったりする可能性もあるので今はやめておく。


ずっと、後悔だけが残って何度も何度も自分を問い詰め、自分を苦しめている。


「起きてたんだね…」


気づいたら朝になっていた。朝になっていた。と言っても空が少し明るくなってきた程度でまだ薄暗い。僕と目が合った春香は少しだけいい?と言うので、僕はまゆの車の鍵を開ける。春香が僕の隣の運転席に座る。


「春香、こんな朝早くにどうしたの?」

「さっきまで泣いてたまゆちゃんとお話ししたりしてたけど、まゆちゃん泣き疲れて寝ちゃったからさ。りょうちゃんの朝ごはん作ってきたの。りょうちゃんがまだ寝てたらわかりそうなところに置いておこうとしてたんだけど、渡せてよかった。お腹すいたら食べてね」


春香はそう言って、小さなリュックサックを渡す。中には弁当箱と水筒が入っていて、まだ、温かくて、それを受け取った僕は泣いてしまう。


「りょうちゃんはよく頑張ったよ」


春香はそう言って、片手を僕の手と繋いで、片手で僕の頭を撫でてくれる。


「よく頑張った。頑張った分、上手くいかなくて傷ついちゃうのはわかるよ。だから、今はいっぱい後悔するといい。いっぱい悩むといい。りょうちゃんがそうやって傷ついたら、私がいるから…まゆちゃんもいるから…りょうちゃんが傷ついた分、いっぱい、私とまゆちゃんが幸せにしてあげる。だから、落ち着いたり、もう限界ってくらい苦しくなったりしたら、戻ってきてね。戻ってきた時に、出来れば、まゆちゃんにありがとう。って言ってあげて。まゆちゃん、本当に気にしてたからさ…」

「うん。ありがとう…ありがとう…」

「りょうちゃんは泣き虫だなぁ…」

「うるさい……」


泣きまくる僕を春香は慰めてくれる。春香の手が温かくて、つい、甘えてしまう。


しばらくすると、春香のスマホが震える。目を覚ましたまゆからのお叱り電話で、春香が居場所を伝えるとずるい…と言ってすぐに車にやってきた。1人になりたい。って言ったのに、気づいたら、こうして3人でいる。1人でいた時よりも、3人でいる方が落ち着ける気がした。


「まゆ、ありがとう。春香も、ありがとう」


そう言って僕は春香とまゆの指に指輪をつけて、指輪を春香とまゆに返す。


「りょうちゃん、ごめんね…」

「何が?僕、まゆに謝られないといけないことされた覚えないよ。だから、何も謝られないで。まゆ、ありがとう。あの時、僕の背中を押してくれて…」


僕がそう言うと今度はまゆが泣き出した。いっぱい泣いてよかった。よかった。と何度も安堵していた。


そんなまゆを春香と慰めていると、今度は僕のスマホが震える。確認するとさきちゃんからの電話だった。


「もしもし…さきちゃん、どうしたの?」

「りょうちゃん、ゆいがいなくなっちゃったの…」


さきちゃんがパニックになっているような声で僕に言う。ゆいちゃんがいなくなった。と聞き、僕は慌ててさきちゃんに詳細を確認する。





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