第291話 私たちの代わりに。





「まゆ、りょうちゃんに余計なこと言ったかな…」


何度聞いたんだろう。一緒にお風呂に入りながらずっとまゆちゃんは私にそう言い続けていた。余計なこと…だったのだろうか。結果だけ見ればそう思えるのかもしれない。でも、まゆちゃんが昨日、りょうちゃんに何も言わなかったら、りょうちゃんとゆいちゃんは昨日で関わりを絶っていただろう。りょうちゃんは後悔したかもしれないが、今ほど苦しみはしなかっただろう。


「何もしないで後悔するより、行動して後悔した方が後々楽だと思うよ…今は辛いだろうけど…無駄なんかじゃない。まゆちゃんは何も余計なことしてないよ。ていうか、まゆちゃんが言ってなかったら私がりょうちゃんに言ってたかもしれないし…」

「………」

「まゆちゃん、私の前ならいいけど、りょうちゃんの前では絶対そんな顔しないでよ」

「え、あ、うん…ごめん……」


りょうちゃんは傷ついていてまゆちゃんは責任を感じてしまっている。こうやって、同じ空間で生活している2人がマイナスのカンジを持ってしまっている時はすごく不安になる。私はまゆちゃんを連れてお風呂を出る、1人で先に出てもよかったのだが、今のまゆちゃんはりょうちゃんと違って1人にしてはいけない気がしたから…


脱衣所で体をタオルで拭いてパジャマを着ていると私よりも先にパジャマを着てリビングに向かっていたまゆちゃんが慌ただしく廊下を走る音が聞こえた。


「春香ちゃん、りょうちゃんがいない…」


りょうちゃんの部屋を確認して、まゆちゃんが涙目で私に言う。まあ、想定の範囲内だ。たぶん、りょうちゃんは1人になりたがっていたから…それにしても、自分の部屋に閉じこもるならまだしも、家出するとは……


スマホを確認するとりょうちゃんとまゆちゃんとのグループに、落ち着いたら帰るから探さないでください。とメッセージが届いていた。ガチな家出じゃん。


やれやれ。と思いながら私はまゆちゃんに大丈夫だよ。と声をかける。りょうちゃんも心配だけど、このままだとまゆちゃんも潰れてしまいそうなので、とりあえず今はまゆちゃんの側にいて、りょうちゃんは望み通り1人にさせてあげよう。と、私が考えているとりょうちゃんから個人でメッセージが届いた。


「春香、ごめんなさい。1人になりたいから今日はたぶん帰らない。まゆがさ、責任感じてたりさたらまゆの側にいてあげて欲しい。春香にしか頼めないからさ、もしまゆが責任感じてたらまゆのことお願いします」


やれやれ。そこまでわかってるなら家出なんてしないでよ。


「まゆちゃん、少し1人にしてあげよう。でもさ、こんな時間に外歩かせるのは心配だから少しだけ協力してくれないかな?」


私がまゆちゃんに言うとまゆちゃんは黙って頷いた。外は当然暗く、夏で暖かいとはいえ、海沿いのため風はまあまあ強かったりする。精神的に弱ってるりょうちゃんが外に長時間いると体調を崩しそうで怖かったので私はまゆちゃんと一緒にいろいろ準備した。


いつも使ってるエコバッグの中にペットボトルのお水とお茶、あとはりょうちゃんが好きなお菓子と扇子、モバイルバッテリーと手持ち扇風機を詰め込み、ブランケットを持ってそれをまゆちゃんの車の運転席に置いておく。


「じゃあ、まゆちゃん、りょうちゃんに連絡してあげて…」


りょうちゃんとのやり取りはまゆちゃんに任せる。まゆちゃんに任せることで、りょうちゃんに対する罪悪感が少しは和らいでくれるかな。と思ったから。


まゆちゃんがりょうちゃんに送ったメッセージは1人になりたいならまゆちゃんの車の中にして。と言うものだ。りょうちゃんは免許持ってないからエンジンとかはつけれないけど、それでも、外を歩くよりは遥かにマシだし、何より、りょうちゃんの居場所がわかっていれば、私もまゆちゃんも安心できる。りょうちゃんにはまゆちゃんの車の鍵、アパートの私たちの部屋の郵便受けに入ってるから。無用心だから早く鍵回収して、鍵しっかり閉めて休んでね。落ち着いたら、戻って来てね。と、そう言うものだった。


りょうちゃんの性格上、鍵が郵便受けに入っていると知ったら無用心すぎる。と言い慌てて回収に来るはずだ。さすがに、鍵を郵便受けに入れて放置…はできないので物陰に隠れてりょうちゃんが鍵を回収しにくるのを待つ。数分するとりょうちゃんが息を切らしてやってきて郵便受けの鍵を回収する。そのすぐ後にまゆちゃんのスマホが震えた。


「まゆ、ありがとう。春香にもお礼言っておいて」


と、メッセージが届いていたので、私へのお礼は落ち着いたらゆっくり聞かせてね。とまゆちゃんのスマホからメッセージを送った。


りょうちゃんは鍵と一緒に郵便受けに入っていた私とまゆちゃんの大切なものを手に取る。今日、私たちはりょうちゃんが求めてくれない限り、りょうちゃんの側にいてあげられない。だから、代わりに、りょうちゃんが寂しくなった時、少しでも私とまゆちゃんを感じられるように、私とまゆちゃんは大切な指輪を車の鍵と一緒にりょうちゃんに預けた。





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