第238話 恋する生物
朝、目を覚ます。
私の目の前には私の愛しの人が幸せそうな表情で眠っている。
「ちょっとだけ……」
私は、私の愛しの人を少し抱きしめようと手を伸ばした。これがいけないことだと言うことはわかっているし、こんなことをしても辛いだけだと言うのもわかっているが、我慢できない。
「ダメ…」
私が私の愛しの人に手を伸ばすと、私の愛しの人を抱きしめながら眠っていた私の愛しの人の大切な人が私の腕を掴んだ。
「ごめんなさい…」
「許す…けど、あまりりょうちゃんにちょっかい出さないでよ…」
普段は怒らない優しい先輩なのだが、ちょっとだけ怒っているのが伝わってきた。いや、怒ってはいないのかもしれない。怒っている。と言うよりは…威嚇している。と言う感じがした。
「心配しなくてもりょうくんは私なんか見てくれないですよ。春香先輩を裏切るようなことはしないはずですから信じてあげてください」
「今、りょうちゃんに抱きつこうとした人に言われても説得力ないなぁ…それに、りょうちゃんはまゆちゃんを好きになった前科があるし…」
「春香先輩、根に持ってるんですか?」
「どうだろうねぇ…」
春香先輩はうっすらと笑いながら私に答える。なんか怖いなぁ…
「なんていうかね。自信がないの。りょうちゃんにとって私は昔からの幼馴染みなだけ。たぶん、りょうちゃんの幼馴染みじゃなかったら今ごろりょうちゃんを抱きしめていたのは私じゃないから…ゆいちゃんかもしれないしりっちゃんかもしれない、陽菜ちゃんだったかもしれない…」
春香先輩は切ない表情でそう言った。何で、この人は自分に自信が持てないのだろう。と、私は本気で思った。
「春香先輩はかわいいじゃないですか。かわいくて優しくて、料理も上手で家事も得意で面倒見が良くて気配り出来て春香先輩にこれ以上何を望めばいいんだ。ってくらい春香先輩は理想的な女性だと思いますよ。もっと自分に自信を持っていいと思います。りょうくんは幼馴染みとか関係なしに春香先輩だから好きになったんだと思いますよ」
何故、私は、恋敵にこんなことを言っているのだろう。きっと、こう思っているうちはこの人には勝てない。そう、思ってしまう。
「ありがとう。ゆいちゃんもすごく理想的な女性だと思うよ」
泣き出してしまった私を慰めるように春香先輩は言う。優しいなぁ。敵わないなぁ。
「そろそろ、起きないとね。私、昨日シャワー浴びてないし、お風呂入ってないからシャワー浴びないと…たぶん、ゆいちゃんもまだシャワー浴びてないよね?」
「あ、はい…」
私が泣き止んだのを見てから春香先輩はそう言った。私の服装を見れば、私が昨日、シャワーを浴びていないことは一眼見ればわかるはずだ。
「どっちが先に入る?」
「お先にどうぞ…」
私の返事を聞いて春香先輩が起き上がり浴室に向かっていく。
「私がいないからってりょうちゃんにちょっかい出さないでよ」
「出しませんよ…」
リビングの扉に手を置いた春香先輩は振り返って私に言う。
「あと、さっきは弱気なこと言ったけど、りょうちゃんをまゆちゃん以外の誰かに渡す予定はないから」
「……それでも、諦めないです」
そっか。と言い残して春香先輩はリビングから出て行った。春香先輩が戻ってくるまでもう一眠りさせてもらおうかな……
「春香も性格悪いね…僕が起きてるって気づいていてさっさとお風呂入りに行くんだから…」
私がお布団を被ろうとすると寝ていると思っていたりょうくんが私に声をかけて来てびっくりした。え、さっきの話全部聞かれてたの?
「ゆいちゃん、ありがとう。春香にああやって言ってくれて…春香、嬉しそうだったよ」
たぶん、私が春香先輩を褒めまくったことを言っているのだろう。りょうくんはとても嬉しそうな表情をしていた。彼女が褒められると自分も嬉しい。と言うことなのだろうか。いいなぁ。私も、りょうくんにそれくらい大切にしてもらいたい……
「諦めないから…」
「さっきも聞いたよ。今まで何回も聞いた」
ちょっと呆れた感じの声でりょうくんは私に言う。申し訳なさそうな感じもした。その声を聞いて私も罪悪感を感じる。
私が悪いのに、いつまでも自分の感情をコントロールできないで、子どものようにないものねだりをしている自分が100悪い…感情なんてなければいいのに、特に、恋心なんてなければいいのに、本気でそう思う。
そもそも人は何故、1人でいられないのか、誰かに側にいて欲しい。と思うのか、人間ほど自立のできていない生物はいないのではないか。と本気で思ってしまう。
でも、誰かを大切にして誰かと一緒にいたい。と思うことができるのは人間だけかもしれない。誰かを大切にして側にいることで人間は成長して、強くなって、文明を築いた。大きなスケールで考えすぎと思うが、私はそう思う。誰かを大切にしたい。と思える人が、人間らしい。と…
私は人間だ。幼稚な人間だ。大切にしたい。と想ってしまったら、もう、その言葉を曲げたくない。
「諦めないから」
「うん。ありがと」
ちょっと困った表情をするりょうくんを見て罪悪感を感じるが悔いはない。私は人間だから。
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