第237話 私を帰してくれない。





私が目を覚ますと周囲は真っ暗だった。ここはどこだろう。と思いながら灯りを求めて私の側に置かれていたスマホに手を伸ばす。


スマホの画面を付けるよりも前に、私が今どこにいるのかなんとなくわかった。何故、私がここにいるのか、記憶が曖昧でわからないが、私が大好きな人の匂いが蔓延した空間の空気を吸い、懐かしい。とか久しぶり。と言う感情が湧いてきた。ここに来るのはいつ以来だろう。たぶん、旅行以来一度も来ていない。


「やっぱりか……」


スマホのライトを付けると、私の予想が正しかったことが証明された。時間は深夜2時、私は一度ベッドから起き上がり部屋の電気をつけさせてもらう。スマホを開くとさきからLINEが届いていて、なんとなく状況を察した。


「帰ろ……」


今から帰れば3時過ぎにはアパートに帰れるだろう。それからシャワー浴びても数時間は寝られるはずだ。りょうくんや春香先輩、まゆ先輩に迷惑をかけたくないし、一刻も早くこの部屋を出よう。


私は部屋の扉を開けて、部屋の電気を消してそっと扉を閉める。リビングの電気は消えているので、もうみんな寝ているみたいだから、起こさないようにそっと外に出よう。と思い私は忍び足で廊下を歩く。


一言、りょうくんたちに言うべきだと思うが、そうすると私を帰してはくれないだろうし、帰してくれたとしてもまゆ先輩が送ることを条件に出されそうだ。コンクール前夜の今、余計な負担をかけたくないし、今、リビングには行きたくない。


今、リビングに入れば、りょうくんと春香先輩、まゆ先輩が3人で幸せそうに眠っている場面を見るだろう。地味にキツい。旅行前、割と頻繁にお泊まりさせてもらっていた時も、3人の空間に私が入る場所がなくて辛さを感じる時があったりした。3人の空間に私は入れない。それを痛感するのは嫌だったので、私は黙ってアパートを出て帰ることにした。


「玄関の鍵、開けっ放しにして帰られるの困るんだけど」


私は慌てて振り向いた。私が振り向くとまゆ先輩が廊下に立っていた。


「ちょうどよかったです。私が出た後、鍵かけていただけますか?」

「ばかなの?こっちおいで…りょうちゃんも心配してるから…」


玄関のドアに手を伸ばした私の腕をまゆ先輩が掴んでちょっと強引に私を引っ張ってリビングに連れて行った。




「まゆ、どうだった?」


リビングに入ると春香先輩に抱き枕のようにギュッと抱きしめられているりょうくんが声を上げた。暗くて表情まではわからないが、心配しているような声だった。


「りょうちゃんの予想通り帰ろうとしてたから捕まえてきた」

「やっぱりかぁ…」


呆れたような声のトーンでりょうくんがため息を吐く。なんかごめんなさい。


「そ、その…お酒の雰囲気にやられて悪酔いしたのは本当にごめんなさい。コンクール前夜にこれ以上迷惑かけられないので帰らせてください」


私はその場で正座してりょうくんとまゆ先輩に言うとまゆ先輩に軽く頭を叩かれた。痛くないけど痛い気がした。


「今、ゆいちゃんが帰るとどうなるかわかる?まゆとりょうちゃんはゆいちゃんがちゃんと帰れたか心配で寝れないからね。そうなったら本番でまゆとりょうちゃんのコンディションに影響が出るの!それに、万が一ゆいちゃんに何かあったり、ゆいちゃんが朝寝坊したりしたら本当に困るから今日は帰らせません」

「で、でも…」

「なぁに?今からまゆに車出させる気?まゆに車出させて朝、モーニングコールかけてあげないとダメ?」

「い、いえ…そういうわけじゃ……ちゃんと1人で帰りますよ……」


まゆ先輩に予想通りのことを言われて返す言葉もない。だけど、このままお泊まりするのはなんとなく嫌だった。迷惑かけておいてすごくわがままだけど…嫌だった。


「ほら、ゆいちゃん、明日早いんだから早く寝よ。1人で寝るの嫌ならまゆたちと一緒に寝よっ」


まゆ先輩はそう言いながら私を強引にリビングに敷かれていた布団に連行してりょうくんの横に私を寝かしつけた。


「今日だけとっくべつにりょうちゃんの横、貸してあげる。まあ、りょうちゃんが今日、完全に春香ちゃんに独占されてるからなんだけどね…あ、でも、りょうちゃんにちょっかいだしたら怒るから」


よく見るとりょうくんは春香先輩に思いっきり抱きしめられていていつものようにまゆ先輩がりょうくんに抱きつくことができないような状況になっていた。


私が戸惑っているとまゆ先輩が私の横で寝転び私をギュッと抱きしめて来て私は逃げられなくなった。


「ほら、今日は大人しく寝よ。わかった?」

「………はい」


納得はできないが、もう逃げられる状況ではなかったので私は観念してまゆ先輩に返事をした。私の真横にはりょうくんがいて、大好きなりょうくんの匂いが私の鼻を刺激する。


りょうくんを独り占めしている春香先輩に羨ましさや妬ましさを感じたりしていたが、まだ酔いが少し残っていたからか、私はすぐに眠ってしまった。





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