第93話 HIS⇐

前回までのあらすじ(過去編)

このゲームの制作に関わっていたファルがゲームの中に入り、まず最初に出会ったのは秘密スキル取得者のアルテミス。そして、その団長──オスカー。彼は痛みを感じないその秘密スキルのせいで騎士団、いや、このゲーム自体を辞めようとしていた。そんな中、アルテミスはそれを阻止する為、とある行動に出る。


────────────────────


「……アルテミス。俺は二週間後にここを去るつもりだ。他の団員には黙っておくつもりだがお前には言わせてくれ」


 唐突に告げられたタイムリミット。


 その言葉は、無関係のファルから見ても、アルテミスには重すぎた。それから少し経ったある日の事。


「オスカー様、ここを去られる前に付き合っていただきたい場所があるのですが」


 アルテミスがオスカーにそんな提案を持ちかけた。


「どうした、急に畏まって。私用か?」


 突然の事に目を見開いて問い返したBランク無敗の騎士団Goddesses女神達の団長オスカー。


「はい……どうか、お願い致します」


 揺らぐことの無いアルテミスの言葉に、オスカーは戸惑いの表情を浮かべていた。


「ちょっと待てアルテミス。お前は仮にも団長の俺に私用でここから離れろと言うのか」


 少しだけ声色が厳格さを帯びたのが分かった。


「……」


 それでも、アルテミスはただひたすらに、真っ直ぐにオスカーの翡翠色の瞳を捉えて離さない。


「ふっ、……いいだろう。お前がそこまで言うのは珍しい」


 その真剣な女騎士の姿を前に、何かを察したようにオスカーは微笑わらって頷いた。


「怪しまないのですか?」

「ははっ、どっちなんだ。……うん。俺は団員を疑ったりはしないよ」


 そう言うと、オスカーは一瞬顔を歪めたアルテミスに気付かずに、クルッと辺りを見渡す素振りを見せて、こちらに目配せをした。


「留守番はそうだな……今はファルもいるし大丈夫だろう。俺が言うと説得力は無いが、あいつは強い。あとはケイとに任せておこう」


 先週秘密スキルについて少しでも知りたくてここを尋ねてきた私だったが、今ではもうすっかりこの騎士団の団員みたいな扱いだ。


「さっ、アルテミス。行こうか」


「……はい」



 ◆




 外はあいにくの雨だった。


「それで? どこへ行くんだ?」


 でもそんな天候を気にする様子を微塵も見せず、オスカーは愛馬に跨ってこちらを振り返る。


「……」


 私──アルテミスも自分の馬を用意しながら、必死に目的地を考えた。


 本当は大した用事なんてない。無理に連れ出す必要もなかった。ただ、なんとなくオスカーと一緒の時を過ごしたくて。最後の時を少しでも長く過ごしたかっただけ。


 そして──……。


「ベルンゲンにあるライトス川に行こうと思って」


 自分でも、なんでそんな事を言ったのか分からなかった。それらしい理由として思い浮かんだのは、オスカーと出会った場所。それぐらいだろう。


 なのに、


「そうか、分かった」


 オスカーは理由すら聞かずに馬を走らせる。降り止まない雨を弾き飛ばすくらいに颯爽と、しかし決して私を置いていく事はなく。


 そして、しばらくすると私が無理やり絞り出したその目的地に着いた。



  ◆



「ここは…………懐かしいな。アルテミスと出会った場所だ」


 オスカーは覚えていた。それだけで涙が出そうだ。


「ははっ、ここで俺が上半身裸になって、魚を捕まえてる所を見られたんだったよな?」


 そう。それを見た私が思わず、キャー! と叫んだ。私たちはそんな最悪の出会い。


「……うん」


 私の返す言葉はそれが限界だった。


 すると、いつの間に水に入っていたのか、川からバシャバシャと音が聞こえてきた。


「ひひっ、採ったぞ」


 オスカーは、ピチピチと跳ねる魚を両手で鷲掴みながら、以前のようにイタズラな八重歯を見せて笑いかける。私はそれがどうしようもなく嬉しくて、悲しくて、愛おしくて。


「良かったね」


 そんな事しか返せなかったけれど。




 魚を焼く為に起こした炎がパチパチと音を立てて、火の粉が宙を舞う。


「うん、美味い。たまにはいいなぁ、こういうのも」


 オスカーは微笑わらっていた。


「それで……どうしたんだ。何か俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」


 その言葉にハッとした。恐らく全部、お見通しだったのだろう。私が無理やり団長を騎士団から連れ出した事も、私がただここに遊びに来たのでは無い事も、私がこれから……オスカーに何かをしようとしている事も。


 それを分かった上で彼は付き合ってくれた。


「……」


 何から切り出せばいいか分からなくて、私は黙ったままオスカーに視線を遣る。


「いいよ。最後の頼みくらい聞いてやる」


 最後──その言葉が私の心にとどめを刺す。……覚悟は決まった。





 出会った当初は、彼が無邪気な笑顔で楽しそうに剣を振る姿がかっこよくて可愛かった。やたらと上半身の筋肉を見せたがる彼だったが、いざ問題が起こると誰にでも親切で団員には皆平等に接する真摯な性格だった。


 そして、勝負事では相手騎士団を負かす度にイタズラな八重歯を私に見せて、『勝ったぞ』と笑いかけてくる。私は、気がつけば恋に落ちるなんてあっという間で、呼吸するように自然に、彼に惹かれていった。


『いいもんだな。こうやって皆で何かを真剣に取り組むのは。拠点に帰れば市民の皆さんは喜んでくれるし、団員の皆もこんな俺についてきてくれる。……俺は幸せ者だな』


 そんな貴方の隣にいられて私は幸せ。このゲームにいられる間は──いや、一生ついて行こうと思った。


 でも、最近はめっきりそんな顔はしなくなった。どんなに強い騎士団に勝っても全く笑わなくなった。むしろ私は彼が歯を食いしばる悔しそうな横顔しか見ていない。


 そして、このゲームはついにオスカーをログアウトという選択肢にまで追い込んでしまった、、、というのなら……。



 私は想いが溢れて、抱きついた。


「お、おい」



「……このまま一緒にいてください、今晩だけでいい。私と貴方が眠るまで」


 だから私は決めたのだ。彼がこれ以上悲しい顔をしなくて済むように。





 そうして、彼が眠った後。


「ごめんね。オスカー。私たちは多分、この日の為に出会ったんだ」



──ピピッ


[秘密スキルNO.1:初期化イニシャライズ


──ピピッ


『注意:このスキルの使用は1ユーザーにつき一度のみとなります。使用後、このスキルは消滅し、別ユーザーへと引き継がれます。このスキルを使用しますか?』


YES⇐

NO


「全て……忘れて」



────── Now Loading……──────



 私はこの夜、このゲームに入ってからの彼の記憶を全て奪った。









        ……To be continued……

────────────────────

次回:第94話 CHOICE⇐

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