第92話 INTACT⇐


 私がちょうど若い団員の彼女と談笑をし終わった頃、この大ホールのような一室に流れていた、舞用の音楽が鳴り止んだ。


 そして、天井に吊るされた煌びやかな照明が一気に落とされる。


「……?」


──パッ


 次に電気がつけられると、私は一面に柔らかな畳の敷かれた部屋に佇んでいた。


 というより、一瞬でそこが試合会場と化した。と言ったほうが正しいかもしれない。


 そこは、武道の対戦を行うような正方形の部屋。知らぬ間にこれまでの大ホールは様を変えて、周りの団員達も続々と部屋の隅へ行き私とオスカーを取り囲んでいた。


「余興はここまでだ。さて、始めようか」


────


[今回の練習試合エキシビションマッチの全体設定]

・対戦人数:1▲▼ VS 1▲▼

『ファル』VS『オスカー』


・対戦形式:『選択してください』

〇バトル形式

●ポイント獲得形式

〇拠点奪取形式

〇……


・制限時間:3分△▼


・スキル系統制限:『選択してください』

●なし

〇各自1系統ずつ選択

〇各自2系統ずつ選択

〇移動系のみ使用可能

〇飛行系のみ使用可能

〇感覚系のみ使用可能

(☆上限:★★★★★まで)


・装備制限:『選択してください』

●なし(装備無し可)

〇なし(装備無し不可)

〇盾不可

〇弓不可

〇短剣、投げ槍不可

〇それ以外の装備不可→選択へ

(所有上限:2▲▼)


『【確認】この内容でよろしいですか?』


YES⇐

NO


────── Now Loading……──────



 ファルの武器は光沢のある蒼色の剣。


 対するオスカーは翠色に輝く大きめの槍。


 私はここに入って日が浅いが、このポイント獲得形式に有利な戦い方を知っている。


 勝ち目は薄いだろうが、真実を知るには彼に全力でぶつかる他ないと思った。


──


 始まりの合図。


 まず、私は相手の喉元を掻っ切ってしまうつもりで、剣を真っ直ぐに突き出す。


 しかし、オスカーは微動だにしなかった。


「なっ!」


 それに動揺しブレた私の剣先は、オスカーの閉じた左眼にクリーンヒット。


──はっ、しまったっ!


 ところが、


「……」


 目の前のオスカーは顔色ひとつ変えない。


 それどころか、怯んで空いた私の脇腹を一瞬の怯みも無駄もなく反撃してきた。


──


 肋骨と肋骨の間を槍が貫き、ミシッと音を立てながら衝撃が私を吹き飛ばす。私は壁に強く打ち付けられた。


 だが、この対戦は終わらない。


 タイムリミット制、、、それは時に残酷なルールであった。


 槍がザクザクと何度も私を痛めつけ、飛び散る血が目に浮かぶがごとく半端ない激痛を体に走らせる。


 次に私は剣を水平に振りかざし、胴を狙うと見せかけて飛び上がる。そして、顔面に蹴りを喰らわせた。


 しかしまた、オスカーは衝撃に身体を揺らしただけで、表情を変えることは無い。


 そして次は──……


 何度それを繰り返した事だろう。


 それでも、息を切らし、荒い呼吸を繰り返すのは私だけであった。


 キンッ


 最後に私はもう上がり切らない腕で剣を横に、刃を左手で抑えて、やっと動かされたオスカーの槍を受け止めた。


 ……強い。圧倒的に強かった。


 無敗を誇るエリート騎士団Goddesses女神達。そのトップに君臨する男の強さは伊達ではなかった。



「どうだ……これで分かったろう?」


 顔つきはそのままにオスカーの声は掠れ、震えていた。


 少しだがまだ時間は残っている。私に無駄口を叩いている余裕も体力も残っていない。


 まだ、まだやれる。本気で、もっと全力で。


 私は熱くなった。……楽しかった。





 しかし、


 カランッ


「もういい。これ以上は……できん」


 突然、オスカーの手から離れた槍が床を打つ音と共に、微かな声が耳に届く。


 彼は、痛みを耐えながら必死の形相で剣を構える私を直視できない様子で、そっと目を伏せていた。





──ああ、なるほど。

  これが、、、痛みを感じないスキル。


 私はこの時、アルテミスの言っていたを、やっと理解できた気がした。



 彼はきっと優しすぎる。


 いくら私を串刺しにしても、いくら私を滅多切りにしても、恐らく痛いのは彼の方だった。



────



「ファル。どう? 分かったでしょう? あれが原因でね、彼はもうすぐ騎士をやめようと思っているの……疲れちゃったんだって。現実世界へ戻ると言って聞かないのよ」


 対戦後、一部始終を隣で見ていたアルテミスは、目に涙をいっぱいに浮かべてそう話してくれた。


「……彼、前に私に言ってたの。大人になると何かに全力になれる機会なんてそうそうない。だから皆と互いに切磋琢磨し合って、ここで一番の騎士になるんだって」


 それはよく分かる。私はそういうゲームを作りたかった。


「でも今は、そんな事は忘れたって。もしこんなので一番になったってきっと嬉しくないじゃないかって。悲しそうにそう言うの」


 返す言葉は何もなかった。オスカーを説得しようにも今日出会ったばかりの薄っぺらい関係。私が何を言っても響かない。


 ましてや、形や原因はどうであれ、自分らのせいで純粋にゲームを楽しめなくなり、苦しんでいる人がすぐ近くにいる。私は今、その罪悪感に耐えきれなかった。




「だからね、私は決めたの」



 それは、これまで幾度となくアルテミスの頭に過ぎった考えだったのであろう。


 一人の騎士として、また一人の異性として彼を慕っていた何よりの証。


「ん、何をだい?」

「……ふふっ、それはまだ秘密。あなたに言ったら止めそうな気がするもの。まあ、すぐに分かるわ」


 それは、窮地に立たされた女性が魅せる、覚悟と意志を含んだ笑顔。


 零れ落ちそうな涙を吹いて、アルテミスはそっと決意する。




 ──────を使おう。


 彼と自分との思い出が全て消えてしまう。


 そう、分かっていても。









        ……To be continued……

────────────────────

次回:第93話 HIS⇐

最終改稿日:2021/01/25

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