第91話 DANCE⇐
「ファル、というのか」
前に座る屈強な男は、傷のない右目だけをふんわりと細めた。その風貌は私と同じ歳くらいに見えるが、圧倒的なオーラを前に私は無駄に畏まり背筋を伸ばさずにはいられない。
「俺はオスカー。この騎士団
噂は本当だった。少数精鋭、構成員のほとんどを女性が占める新興勢力。未だBランクでありながら、今のところ結成当時から無敗を誇る騎士団である。
オスカーの後ろに控えていた4、5人の女性がそれぞれお辞儀をする。
気づけばアルテミスも向かい側に立ち、私に向かって頭を下げていた。
「それで……ファル。お前が
話を切り出したオスカーは、最初の穏やかな口調とは打って変わって鋭い眼光を飛ばしてきた。
私は迷ったが、ひとまずこくんと頷いてみせる。
「どこで知った? その情報は貴様のような新人が入手できる代物ではない」
翡翠色の右目は、私に真実を問い質す。
「この世界に入ってすぐ、セスターという街の図書館で……『(新)騎士道の書』の一部を見つけたんだ。そこに書かれていた」
思い切って敬語を使わないでみたが大丈夫そうだ。そんな事より、私の発した言葉の内容にオスカーは目を見開いていた。
「『(新)騎士道の書』の……一部だと? あれは全て同じ一冊じゃないのか!?」
彼は知らないようだった。
「いや、何部かに分かれているようだ。セスターやラミンヘルン、聞けばランやベルンゲンの図書館にもその一部があるらしい」
そりゃあ当然私は知っている。それを散りばめたのは自分なんだから。本来はスキル取得やステータス上げのヒントの為に用意したものだったが……まあいい。
「そこに、
ただ、それを散りばめた私が唯一知らないそのスキル。当然、記した記憶はない。
恐らくそれがバグの正体。会社側が何かを企み、追加したのだろうか?
「おい、俺を刺せ」
それは突然だった。オスカーが私にそんな事を切り出したのだ。
「え……!?」
私はしばらく固まっていた。
「刺すのができないなら、戦うでもいいぞ。ファルに直接、俺の
私自身も興味があった。このゲームで痛みを感じないというのはどういう事なのか。実際に見てみないと実感が湧かない。
でも、そう言ったオスカーは少しだけ顔を歪めていた。アルテミスによると彼はそれにより苦しんでいる。怖かった。直接自分のせいかもしれないものを目にするのは。
バグの事や会社の事はまだ話せない。だが、彼に嘘や誤魔化しは通用しないように思った。
──
その後、戦闘用の服装に着替え連れていかれたのは、この地下帝国のど真ん中に位置する大ホールのような場所。
そこにはどこぞの国の貴族達によるダンスパーティー……そう錯覚するくらいに、煌びやかな飾りつけと心地よく楽しげな音楽が流れていた。
オスカーによると、せっかくの訪問なんだから戦いの前に少し余興で楽しんで貰おうじゃないかという事だった。見た目以上に気前の良い男。彼に人が集まるのはよく分かる。
それでも私はなんとなくいたたまれず、部屋の隅っこに立っていると、髪を後ろでひとつに束ねた若い団員の一人に話しかけられた。
「お飲み物は何になさいますか?」
「あ、では……コーヒーをいただこうかな」
この後戦うとは思えない雰囲気。
「かしこまりました」
カタッ
「どうぞ」
「ありがとう」
彼女の視線は、仲良さげに遠くで話すアルテミスとオスカーに向けられていた。
「お二人のお知り合いですか?」
「いや、違うよ。ついさっき知り合ったんだ」
彼女は驚いていた。
「……! あ、そうでしたか。それは失礼致しました。オスカー様がお客様を通すなど初めての事でしたので」
様付け。この騎士団では、案外主従関係がはっきりしているようだ。
「え、ああ……そうなのか」
彼女はすっと目を細めて、遠くにいる二人を優しく眺めている。
「お二人は戦闘の時も息がぴったりなんですよ。ほんと剣舞のようにお綺麗で」
彼女が心から二人を尊敬しているのが分かった。
「……私も愛する男性と出会う事が出来たなら、あのような関係でありたいものです」
そう言って睫毛を伏せると、彼女は口元にうっすらと微笑を浮かべた。
……To be continued……
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次回:第92話 INTACT⇐
最終改稿日:2021/01/25
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