第90話 PAIN⇐


「こっちよ」


 私がアルテミスに連れてこられたのは、ラミンヘルンの海岸沿いにある赤い屋根の小さな家だった。


──ピピッ


『パスワードを入力してください』

 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

『必要スキルを発動してください』

「ばい」


──ピピッ


『認証しました。

 拠点の施錠ロックを解除致します』


 ゴオオオと地響きは鳴ったものの、その家の外観は初めと全く変わる事がない。


 そして彼女は、拠点の解錠リリースを終えると私を手招きして家の中へと案内した。


 そこはよくある洋式の二階建て4LDK。


 ──ん?


 だが、びっくりするほど人の気配を感じなかった。少数精鋭の騎士団とは言え、表に一人くらい人が居てもいいだろう。


 どうしてこんなに──


 それを認識すると同時にブワッと全身に鳥肌が立ち、緊張感が襲いかかる。


 促されるがまま、玄関から中へ入り、ごくごく普通のリビングを通り抜けた。


 そしてさらに奥へ足を運んでいくと、壁一面に本棚がズラリと立ち並ぶ書斎のような部屋に辿り着いていた。


 空気の洗練された、細かい所まで心遣いの行き届く清潔感のある一室。


 どこからかき集めてきたのか、その本棚にはアルテミスと出会った図書館と比べて、このゲームの攻略とは関係の薄そうなマニアックな本ばかりが並んでいた。


 この時点で、この騎士団が何か問題を抱えているのは確信していた。



 そしてよく見ると、古めかしい茶色の本棚の中に、一つだけ色の輝きが違う新しい本棚がある。


「厳密に言うと、私たちの本拠地アジトはこの先なの」


 ──先?


 ここはもう一階の一番奥。見渡す限り先なんてどこにもない。


『暗証番号を入力してください』

 〇〇〇〇


 まさか、と思った。これはもしかして、あのベタな仕掛けか? と。


──ピピッ


 案の定。電子音と共にガアアアと大きな音が鳴る。


「お、おお……」


 すると、一見簡単には動かなさそうな木製の本棚が横へスライドして、地下へと通ずる階段が現れたのだ。


「ふふっ、心配しなくても大丈夫。団長はこの奥よ」


 このゲームの裏側で苦しむ、オスカーと呼ばれるその男。私は、確実に何かを知っているであろう彼と話がしてみたい。


 そう思い、冷気を帯びた薄暗い階段をおりた。進むにつれて顕になったそこは、、、






 地下帝国? 


 ……かと思った。


 暗がりに、コンクリートで造られたてっぺんの見えぬ太い円柱が何本もそびえ立ち、その間には一つ一つレンガを積み上げたようないくつもの大きな建物が見える。


 騎士道を重んじると言っても実力主義のこの世界。とてもBランクの拠点とは思えない規模である。


 ──どうなってるんだ?


 団長が相当強い騎士なのだろうか。または相当人柄の良い騎士か。確かに難度の高い依頼を多くこなし教会に取りいれば、珍しい住処を得られるという設定もあった気が……。


 とまあそんな事はいい。



 コンコンッ


「団長。アルテミスです。あなたにお会いしたいと言う客人を連れて参りました。今少しお時間よろしいでしょうか?」


「ほぉ、客人? 珍しいな。……入れ」


 中から聞こえたのは、どこか可笑しそうに笑う、意外にも優し気な声だった。


「失礼します」


──ガチャッ


「……」


 すると、視線の先にはスレンダーな4、5人の女性に囲まれた屈強な男が佇んでいた。


 これがさっき聞いた痛みを感じない男、オスカー。そして恐らく……アルテミスと同じく秘密シークレットスキル保持者であり、このゲームの数少ない被害者の一人。


「……」


 アルテミスがその男に、ここに至るまでの経緯を事細かに説明する。






「へえ、入りたての新兵が秘密シークレットスキルを知っているのか。はは、それは面白い。良いだろう、話すだけの価値はありそうだな。貴様、名は何というんだ」


 口調とは裏腹に声色を大きく上下することなくそう言って、その男が前に垂れていた煌びやかな銀髪をかきあげた途端、


 閉じた左目に痛々しく一本、傷が刻まれているのが私の目に飛び込んだ。


 ──ッ!


 咄嗟の光景に息を飲んで一瞬眉を寄せかけたが、私は驚きを隠し、徐に口を開く。






「名は……ファルと申します」








        ……To be continued……

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次回:第91話 DANCE⇐

最終改稿日:2021/01/25

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